本日も朝からランニング&散歩してきました!☀️

天気は悪いけど、少し激しめに走り

それなりに汗かいてきました👍


それから昨日夜電話により、

(アルコール病棟で知り合った人)

夜ご飯を食べるタイミングを見失い、

朝からガッツリご飯食べました☺️


ご飯は幸せです😋

飲んでる時は酷いと一日中食べない

そんな事は当たり前で

断酒前から6kg落ちてました😅


まぁ昨日の夜の電話も中々堪えるものが。

人って環境とか色々違うから、

正直最近押し付けられてる気がして

電話は受けない事にします。

疲れてしまうので。😅

まぁ相手が飲んでるから仕方ないのかもしれない。



まぁ続きを書いていきます。



そうしていよいよ家も住めなくなるって

タイミングの中、実家にも変化があった。


義理父の父が大腸癌を患った。

そしておばあちゃんに当たる人も

軽い認知症になって、実家で住むと。

そのタイミングもあり、実家で住めば?

という話になった。

乗り気ではないが、行く所もないので

お世話になる事になった。


この間も気を遣い疲れた。


そして仕事を再開しようと思ったら、

たまたま先輩から連絡があり、

こっち忙しいからくればと。

ありがたい連絡だった。

もちろん仕事を再開する事を決意し、

開始する事となった。


仕事は順調に進んでいった。


しかしお酒の力は凄い。

実家に住みながら、皆が寝静まってから、

夜中にコンビニにストロングを買いに行き、

大量の酒を連続飲酒。

また少しずつ体調不良で休む事も

かなり多くなっていった。


見かねた母親と自分自身もわかっていたが、

アルコール専門外来に予約を入れた。


初めてのアルコール専門外来。

アル中なんて言葉は知っていたが、

まさか俺はそんな事ないと思いつつ、

母親と共に診察室へ。


過去の事、現在のお酒の飲み方、等々。

色々聞かれてスクリーニングテストなんてのも

やった記憶がある。

勿論嘘ばかり書いて、

診察も嘘をついていた。


そこで始めて言われた、

あなたは【アルコール依存症】の

疑いがあります。と。


アルコール依存症なんて知らないし、

なんなんだそれ?

と思いながら帰宅した。

抗酒剤を貰い、毎日母親の前で飲んで下さいと、

薬を貰って帰った。


朝、約束通り言われた量の抗酒剤を飲む。

これを飲んでからお酒をのむと

救急車呼んだり、場合によっちゃ死ぬと。


そんな説明を軽く受け流した。

親の監視の元、抗酒剤生活は続いた。

だがこれも1週間と持つはずがない。


あろう事か、抗酒剤を飲んで、

お酒を飲む事を選択した。

夜中にこっそりコンビニに行き、

ストロングを多めに購入。

そのまま普通に飲んだ。


結果は最初の一缶は顔が赤くなり、

心臓バクバク、脈が頭でも聞こえる位うち、

激しく頭がぐらんぐらんした。

ただ、馬鹿なのだろうまだ飲み続けた。

いつも通り何缶も。

そしてブラックアウトを起こし、

就寝。ってか気絶。

翌朝気分は悪かったが、普通に起きて、

仕事に向かった。


母親も気付いて、酒飲んだの?!

飲んだけど大丈夫だったと。


そんな事もあり、次の診察で、

シアナマイドの量が最大値まで増やす事に。

それでもまだ諦めない自分。

また同じく飲み続けた。

何で大丈夫だったのかは今でもわからない。



そして月日は流れ、

義理の祖父母はやっぱり家に帰りたいと。

そして祖父母は家に帰る事となった。


残された俺はただの呑んだくれ。

仕事も行ったり行かなかったり。


そして決定的な事件。

酔っ払った勢いで親と喧嘩。

部屋のドアをぶっ壊した。


そして義理の父に今から出ていけと。

服詰めてすぐに出ろと。


俺は酔ったまま、車を運転した。

勿論行く宛などないし、

次の日は仕事だ。


気のまま運転し、ビデオボックスを見て

すぐに入った。

その日からビデオボックス生活が始まる。


誰からも監視されず、飲み放題!

最高だった。

実家では居場所も無く、帰れば部屋へ缶詰。

気まずい挨拶、無駄な気遣い、一切ない!

楽でしょうがなかった。


この生活はよかったが、

当然お金は減っていく。


一日3000円近いお金を払うんだったらと、

安い賃貸を近くでネットで調べ、

今住んでいる家を見つけ、

すぐに契約をした。

当時26歳になるかならないか位だっただろうか。


晴れてまた1人暮らし!

誰にも何にも言われない!

飲み放題や!

その時も嬉しくてしょうがなかった。


彼女とも連絡は音沙汰なく過ごしていたが、

また連絡は突然来る。

いやこっちからしたのかもしれない。


そしてまた会ったりを繰り返した。


この頃も飲んで居た。

少しずつ体調も悪くなり、仕事の効率も落ちた。

断然落ちていったし、毎日酒臭い。


でもまた彼女とは寄りを戻していた。

毎週会って居た。

そして2人の部屋が欲しいと言われ、

彼女の家の近くに家を借りた。


今思えば馬鹿だ。

そんな金もあまり無いくせに、

県外に家を借りたんだから。


土曜仕事終わったら、

すぐさまその家に。

週末だけ使って居た。


酒は止まるどころか勢いを増していき、

一応通院はして居たが、点滴の繰り返し。


いよいよ主治医から、

もう入院しないとこのままだと

死んでしまうよと。


そして仕事もままならなくなり、

家賃すら払えなくなり、

通院先で正直に話をした。


するとケースワーカーさんが来た。

生活保護を受けて入院しようと。

とにかく若いからこのままだとまずいと。

まだやり直せるし、やり直して

社会に貢献すればいいと。


頑なに拒否をしたが、

遂には市役所の人までもが家に来る形に。

それでも拒否し続けて、酒を飲み続けた。


そして最後俺はもう諦めた。

何度も訪問してくれたケースワーカーさん、

市役所の方と話をして入院を決断した。


とっくに県外の家は引き払って居たので、

(もちろん彼女と上手く行かず)

日程調整して入院をする事に。


ただ引っ掛かって居た。

精神病棟?

俺は頭でもおかしい奴になったのか?

ただ飲んでただけだろ?

しかも3ヶ月ってヤバすぎるだろ。

ケータイも使えない、タバコも自由に吸えない。

勿論鍵が掛かっていて、外にも出れない。

紐が付いた服もダメ、カミソリすら自分で持てない。

いよいよ本当に頭のおかしい奴に成り下がったと

落胆して説明などを受けたが、

そんなの頭に入らず、入院前の説明は終わった。


いよいよ入院先の病院へ。

当日はバックれ無い様、市役所の人間が朝起こしに来て、母親に連絡をしたらしく、

親の車で病院へ。

そして検査などを終えて、

いよいよ初めての精神病棟への入院へ。


俺は自分の人生がこの時

もう終わったんだと。

一生この情けない自分と

若くて全然働ける奴が生活保護を

受ける資格なんか無い。

ただのゴミクズへとなった。

ほぼ人生をお先真っ暗の終わった世界へと、

落ちて行く終わった人間だと思いながら。


ただひたすらに病み続け、

頭は前日しこたま飲んで残ったお酒と共に

真っ白と真っ暗に覆われた。


【俺もう終わったんだな。】

一生俺の知ってる人には顔は合わせられないし、

退院したら遠くに行こうと思っていた。

もう人生に対して諦めと絶望感は

今でも忘れない。


そして彼女とも破綻し、

もう連絡を取る手段も無くなった俺は、

全てを諦めて入院する事となった。