〈無題〉


昨日の晩我が身に起こった様々なことを思い出す瞬間があってまぁよく30歳まで生き延びたなと思う瞬間があった。特に10代中盤からは本当に修羅場の連続で生きているのが不思議なくらい本当に色々なことがあって悲惨また悲惨、お陰でどんなことが起こっても驚かなくなりました。特に家族内での内戦は本当に地獄のようでいつニュースに出るような悲劇が起こってもおかしくない状態が数年間も続き疲弊、混乱、発狂のカオスでどこにも逃げ場がないなと常に思っていました。様々な要素が混じり合ってあのような状態になってしまったのだと思うけれどこの平和な現代日本で一瞬たりとも平和を感じられなかったというのはなんという皮肉であろうか。現代の悲劇の大半は文明の谷間、光の当たらない場所で起こっていてそれが高い場所から眺めている人間にはよくわかるのだが谷間で生きている人間にはわからないのです。そのような光の当たらない谷間というのは基本的に日本全国どこにでも存在しているのです。それがこの数年でよくわかるようになりました。大都市の中心に近い下町の商店街の片隅で起こる現代的悲劇の連続こそが僕の見てきた日本の光景でたまに見える平和な牧歌的な日本などは僕にとっては逆に貴重なものなのです。木も草もロクに育たない殺伐としたコンクリートの砂漠が僕の故郷でノスタルジーも何もないのです。僕の故郷はそのような場所で僕には帰るべき田舎などは存在しない。週末にドライブなので自然の豊かな場所に行くと心が満たされているのがわかるけれどやはり本来人間というのは自然の中で生活していくようにプログラミングされているのでそれは当然といえば当然のことです。それにしても戦後数十年かけて日本人が作り上げてきた物質的に豊かな経済大国としての日本の姿があのようなコンクリートの監獄だとするならばなんと虚しく哀しい戦後であったことか。文明の谷間で全てのものから見捨てられ見放され悲惨に死んでいく人間達を代弁しまた自らのそのような立場からの脱出の為に今これを書きました。上にいくだけです。でなければ死ぬだけです。


7.15.2019