〈独白〉


最近もう詩が書けなくなってしまった。無理して書こうと思えば書けるのだが自分を偽った詩を書きたくない。感性の感度が高まった時に脳内に蓄積された情報を圧縮して放出するという作業が僕の書くという作業なのだけれどそれには多くの解放された時間が必要で今の僕にはその時間も余裕もない。常に胸を抉られたような痛みを感じつつ、多くの事実にうんざりしながら心の中で悪態をつき続ける日々だ。

1分でも1秒でも解放された時間を作り出すためだけに夢中になっており、その為の絶え間ない闘争に脳や体を限界まで酷使する日々。1日が終わった時に鏡で自分の顔を見ると目はもう鋭すぎるほど鋭くなっていて、血走っていて、余裕の鱗片もないほど狂気を感じるほど険しい顔つきになっておりそれは自分でも思わずハッとしてしまうほどのものだ。夢を描く暇すらもなく現実に対処しすべての人との関係の中にあらゆる利害を見透かしイライラしつつ、体にムチを打って突撃を繰り返す。果たしてこれを戦
場と呼ばずに何て呼ぶのだろうか?

もう今の僕には甘い幻想も憧れもなく現実をかなりの視野の広さで見据えつつ僅かな希望に心が踊ることもなくすべてがコンクリートと鉄骨とプラスチックとデジタルな画面に写し出される世界だけのような空間で生きている。極めて現代的なデジタルな世界のなかで生身の人間の原始的な本能や感情を見出だし悶絶ししかしそれに溢れる程の愛しさを感じてしまいただ一人涙を流したりしている。しかし僕はそのことを決して悪いとは思っていないのだ。僕はこの数年間は人間ではなかったのだ。だから僕はむしろ、感情が蘇ったことに満足している。しかし、自分も含めやはり生身の人間というものは、まぁ、なんて、我が儘なものだろうと唖然としたりもしているのだ。

様々なものの肉を剥ぎ落とし骨格のみを冷静にみるということは悪魔の所業で自分にかかる負担もハンパなものではないけれど、僕はむしろそれを徹底するように自分に言い聞かせている。そうすると装飾の中に隠された真実が見えてくるからだ。僕は真実にのみ忠誠を誓い、まやかしや見せかけは抹殺しようと試みているのだ。現代の人間にとって重要な様々なキーワードが見えてくる。人を動かすものはなにか?僕は特に重要な3つのキーワードを見つけ出した。それは何か?金と力と情である。人間は大抵この3つの要素によって動いている。少なくとも僕の周囲にいる人間はそのように見えるしそれが間違っているとも思えない。大体、正しさなどというものも一種の力ではないか。法も力である。人は今日も金の為に働き、力に動かされ、情に流される。そして、それを滑稽だと笑う余裕すら僕にはないのだ。それから逃れようとするならば感覚を狂わすか死ぬしかなくて僕は死ぬくらいなら矢が尽き刀折れ全身が切り傷だらけになり這いつくばらされて雑草を喰わされそうになろうとも闘い抜き生き抜こうと17歳の時に固く決意を固めたのだ。満身創痍の中で真実を見出だしその真実を人と共有する日々は悪くないと思うのだがどうだろうか?

僕の20代の日々を振り返ってみると僕は20代の前半の3、4年は遊ぶ必要があった。それは絶対的に必要なことだった。人間は絶対に必要なものはあらゆる手段を使い手に入れようとするものだ。僕も知らず知らずのうちにあらゆる手段を使った。僕は何が何でも人生の苦痛から逃れる必要があった。何故なら10代後半の僕はほとんど苦痛のみを感じながら生きていたのだから。精神的な肉体的な苦痛を苦悩を振り切る為に何が何でも遊ぶ必要があった。そしてその遊びに対する衝動が僕を動かしていた。思えばムチャクチャな3、4年だった。本当にムチャクチャだった。僕は多くのものを破壊し尽くし尚も破壊に餓えていた。そして、僕は自分や周囲の状況を壊すことにある程度成功したのだ。僕は10代の僕の感性を壊した。しかし、20代の後半はそのツケが全部回ってきてその破壊の威力と規模の大きさに我ながら呆気にとられつつ反省し守りに転じつつ自分を恥じる日々だった。そして、もうすぐ20代は終わってしまうのだ。僕は外見はまだあまり老けてはいないかもしれないけれど近頃は内臓や感性はあきらかに疲弊し年老いていることを感じている。そして、強い焦燥感を感じている。1分1秒でも早く目的地にたどり着こうとしている、しかし、状況を冷静に観察しつつ分析してみるとそれが許されていないのだ。また、僕自身が長い間専守防衛に徹していたためになかなか攻めに転じることが許されず必要以上に時間がかかってしまっているのは明白だ。人は一人で動いているわけではなく、多くの人間の中で集団の中で自分の意思で動ける範囲は限られておりそのことが行動への強烈なブレーキになっている。その中で完全に自分の意思で動こうとしたらそれは自爆テロのようなもので自分の身の破滅は覚悟しなければならない。そういうわけにもいかず今日も僕は必死にアガいているのだ。そして、この日々がいつまで続くのかわからないのだ…。 


2018年 3月9日