高校の時の国語の教科書に、
学校には正解はあるが
世の中には正解というのはないというような本の抜粋の一部?があったのを覚えている。
でも私は思うのだ。
果たして学校に正解というのはあるのだろうかと。
例えば歴史。歴史というのは、どうやって作られるのか?
高校で日本史をとってた人ならわかると思うが、古典資料に書かれてることをもとに、歴史学者たちが辻褄が合うように歴史を作っていくというようなイメージがある。
もしかしたら違うかもしれないが、おそらく大筋は合ってるだろう。
しかし、古典とされている本を書いた人が嘘を書いていたとしたら、どうだろうか。
考古学者の捏造がニュースになったことはあるが、よもや大昔の人が嘘を書いたとは思わないだろう。
まあ、学者たちは確かな証拠を掴んで歴史を作ってるとは思うが。
勝者が歴史を作るというコトバがある。まあ、南北朝時代は、勝者も敗者も資料を残してはいるけど、腹いせに嘘を書いたかもしれない。
だって人間だから。
だから、正解はないのではと。
まあ、理科や数学は正解はあるじゃないかと言われると弱いけど。
国語のセンター試験で、ある作者が書いた本の一部が出て、作者が問題を解いたところ、間違いだらけで「なんじゃこりゃ!」と首をかしげたというエピソードはまさに正解などないことを示している。
世の中にある正解というのは、ほとんど多数の人が認めた答えという気がする。いわば多数決で決まった答じゃないか、と私は思うのだ。
クイズだったら正解あるんだけど、この問題が出たらこの答え、というような、大多数が決めた記号みたいなもんじゃないか、と。
だから学生は、ああこの問題はこう答えたらいいんだなと、記号を覚えるような感じになるのではないかと思った。
ちなみに、今私は社会人だが、WEBデザイン系の資格試験を受け続けている。その時は、大多数の人に受けるのはこんなレイアウトだ、とか、こうしたら仕事は楽になるみたいな、先達のWEBデザイナーが苦労して、掴んだノウハウを学んでいるのだと思う。
そう、正解じゃなく、こうしたら楽だよ、ていうノウハウだ。
もう一度言おう、世の中に正解はない、あるのは大多数に支持されて決定された記号、もしくは支持された定説やノウハウだけだ、と。
学校には正解はあるが
世の中には正解というのはないというような本の抜粋の一部?があったのを覚えている。
でも私は思うのだ。
果たして学校に正解というのはあるのだろうかと。
例えば歴史。歴史というのは、どうやって作られるのか?
高校で日本史をとってた人ならわかると思うが、古典資料に書かれてることをもとに、歴史学者たちが辻褄が合うように歴史を作っていくというようなイメージがある。
もしかしたら違うかもしれないが、おそらく大筋は合ってるだろう。
しかし、古典とされている本を書いた人が嘘を書いていたとしたら、どうだろうか。
考古学者の捏造がニュースになったことはあるが、よもや大昔の人が嘘を書いたとは思わないだろう。
まあ、学者たちは確かな証拠を掴んで歴史を作ってるとは思うが。
勝者が歴史を作るというコトバがある。まあ、南北朝時代は、勝者も敗者も資料を残してはいるけど、腹いせに嘘を書いたかもしれない。
だって人間だから。
だから、正解はないのではと。
まあ、理科や数学は正解はあるじゃないかと言われると弱いけど。
国語のセンター試験で、ある作者が書いた本の一部が出て、作者が問題を解いたところ、間違いだらけで「なんじゃこりゃ!」と首をかしげたというエピソードはまさに正解などないことを示している。
世の中にある正解というのは、ほとんど多数の人が認めた答えという気がする。いわば多数決で決まった答じゃないか、と私は思うのだ。
クイズだったら正解あるんだけど、この問題が出たらこの答え、というような、大多数が決めた記号みたいなもんじゃないか、と。
だから学生は、ああこの問題はこう答えたらいいんだなと、記号を覚えるような感じになるのではないかと思った。
ちなみに、今私は社会人だが、WEBデザイン系の資格試験を受け続けている。その時は、大多数の人に受けるのはこんなレイアウトだ、とか、こうしたら仕事は楽になるみたいな、先達のWEBデザイナーが苦労して、掴んだノウハウを学んでいるのだと思う。
そう、正解じゃなく、こうしたら楽だよ、ていうノウハウだ。
もう一度言おう、世の中に正解はない、あるのは大多数に支持されて決定された記号、もしくは支持された定説やノウハウだけだ、と。
初めまして、deepblueです。
昔もブログ書いてたんだけど、知ってる人も多くなり、なかなか書けなくなってた。mixiに移行してからは、
もうそっちだけになってた。
でも、mixiで書けないことがどんどん増えて、mixi以外で書いてみたいことがたくさんあったので、一転発起して、新しくブログを開設した。
さて記念すべき一発目。
4月といえば、始まりの季節。
ちょうど一年前に、ある決意をもって、東京で、就職した。
生まれ育ったのは大阪。大阪での約30年間、紆余曲折もあったものの、良い仲間に恵まれてここまできた。
大学院の博士課程で、私のやりたいことー研究を論文で発表して、残すは博士論文となったが、私は、研究したいことは一つだった。それを論文として雑誌に載せてから、それを発展させていこうという意欲はなかった。
満足感でいっぱいだったのだ。
教授はそれじゃ説得力ないよ、と私の主張の根拠を確かにして博士論文を完成させるべきだと言っていた。
無論、当然だとおもう。むしろそうするべきだっただろう。
だが、すでに研究を通していろいろな人と出会い、確信に近いものをもっていた。その出会い全てを論文に込めて発表したのだ。
だが、それは普遍的なものじゃない。教授が言っているのはそういうことだ。
実際、この主張は、私の、私による、私のための研究の集大成だった。
大学院に入ったのは、自分がどう生きるべきなのかを、模索したかったからだ。
モラトリアムと言ってもいい。
大学時代の私は大学生ですらない、何も知らない孤独な子どもだった。
このまま、子どものまま、社会に入っていいのか、と、大学時代に漠然と思っていた。
だが、あるサークルを引退する時にその気持ちが大きくなり、酒に飲まれた。友人は、そんな私を受け止めてくれた。その時の熱い思いが、大学院に向かわせたのだ。
だが、論文を発表したことで、私は、大学を卒業する時が来た、と思った。
そして、再び、私は種類の違う孤独を胸に、良い仲間がいる大阪を離れ、一年前にここ、東京で就職し、一人暮らしを始めた。
大学時代から好きだったWEB広報系の世界で、大きな何かを創ろう、という大きな夢をもって。
その時から私の社会人生活は始まったのだ。
一年後の現在、私は、やっと仕事に慣れ、少しずつ、自分を出し始めた。
ブログを再開することも、そう。始める、いや、ここからdeepblueの思考活動が始まるのだ。
昔もブログ書いてたんだけど、知ってる人も多くなり、なかなか書けなくなってた。mixiに移行してからは、
もうそっちだけになってた。
でも、mixiで書けないことがどんどん増えて、mixi以外で書いてみたいことがたくさんあったので、一転発起して、新しくブログを開設した。
さて記念すべき一発目。
4月といえば、始まりの季節。
ちょうど一年前に、ある決意をもって、東京で、就職した。
生まれ育ったのは大阪。大阪での約30年間、紆余曲折もあったものの、良い仲間に恵まれてここまできた。
大学院の博士課程で、私のやりたいことー研究を論文で発表して、残すは博士論文となったが、私は、研究したいことは一つだった。それを論文として雑誌に載せてから、それを発展させていこうという意欲はなかった。
満足感でいっぱいだったのだ。
教授はそれじゃ説得力ないよ、と私の主張の根拠を確かにして博士論文を完成させるべきだと言っていた。
無論、当然だとおもう。むしろそうするべきだっただろう。
だが、すでに研究を通していろいろな人と出会い、確信に近いものをもっていた。その出会い全てを論文に込めて発表したのだ。
だが、それは普遍的なものじゃない。教授が言っているのはそういうことだ。
実際、この主張は、私の、私による、私のための研究の集大成だった。
大学院に入ったのは、自分がどう生きるべきなのかを、模索したかったからだ。
モラトリアムと言ってもいい。
大学時代の私は大学生ですらない、何も知らない孤独な子どもだった。
このまま、子どものまま、社会に入っていいのか、と、大学時代に漠然と思っていた。
だが、あるサークルを引退する時にその気持ちが大きくなり、酒に飲まれた。友人は、そんな私を受け止めてくれた。その時の熱い思いが、大学院に向かわせたのだ。
だが、論文を発表したことで、私は、大学を卒業する時が来た、と思った。
そして、再び、私は種類の違う孤独を胸に、良い仲間がいる大阪を離れ、一年前にここ、東京で就職し、一人暮らしを始めた。
大学時代から好きだったWEB広報系の世界で、大きな何かを創ろう、という大きな夢をもって。
その時から私の社会人生活は始まったのだ。
一年後の現在、私は、やっと仕事に慣れ、少しずつ、自分を出し始めた。
ブログを再開することも、そう。始める、いや、ここからdeepblueの思考活動が始まるのだ。