将来的になんとかなるんじゃないかと思えた
彼を育てて、日本には障害児(者)を支える様々な福祉制度があり、当事者として申請を使うに至っては、葛藤やジレンマを感じながらも法律や制度を学んだからこそ思えたことです。
尊敬するお母さんや各々の専門家との出会い
言葉のない子を育てるなかで、実際にお子さんが無発語でコミュニケーションとりながら生活されている大尊敬する先輩ママたちとの出会い。
プロフェッショナルな専門家の先生(医師、言語聴覚士、作業療法士 理学療法士、看護師さん)たちとの出会いに恵まれたことでまた新しい世界への扉が開かれました。
狭かった視野の広がり
療育センターでの
ママ友やお子さんたちと出会い
そこで出会ったママやお子さんたちの明るさ
や頑張りにどれだけ励まされたことか・・・
おかげで私も何とかこの子と生きようって思えたことは数知れず。
人としての本物の逞しさや強さを感じた出会いと場所でした。
発達遅滞や自閉症、ダウン症や稀少遺伝子疾患、脳性麻連や医療ケア児さんたち・・・
みんないろんなものを抱えて毎日懸命に生きていること。
我が子と共に皆さんの生の姿に一母親として仲間として接することができたことで、狭かった視野が広がりました。
ちっちゃなことでも喜べる
息子の一挙手一投足、例え
今日ちゃんとウンチでた!
トイレでできた!
ごはんこぼす量が減った!
など。
ものすごくちいさなことでも
成長を見逃さずに観察できるようになったこと。
スモールステップ、それ以上にベビーステップで物事を考えられるようになったこと。
それをいちいち喜べるようになったことです。
いかがですか?
完全ではないですが、
今では今日も元気でそれでよし、御の字!
って思えることも増えました。
ものの見方,考え方,捉え方で日々の生活が変わるはず。
どう捉えるか?
それを日々問われている気がします。





















