節電のせいか、電車の中の照明が消えた。
本も読めない。





いくら何でもやり過ぎじゃないかな??



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あえて、このタイミングで震災に関してコメントを述べてみたいと思う。
反論したい人は、是非ともコメントを。


今回の東日本大震災。
津波の影響で亡くなられた方にお悔やみを申し上げます。
(冥福を祈るのは、仏教に限られた話しなので、そちらは避けます)

家屋を失われたり、原発の影響で家を離れなければならない方々に関して、
お見舞い申し上げます。


という大前提に基づいて。



阪神大震災の経験、新潟の中越地震の経験を踏まえて。


今回の震災では、日本人の民度が試されることになったと思う。
海外メディアがそろって日本人の冷静さを報道し、その報道を日本のメディアが取り上げた。
それはそれで、素晴らしいことだと思う。


が!
被災地から離れたところで起こっている、大騒ぎ。
「ひとつになろう、日本」
とは、一体何なのであろうか。

また、「何か、自分に出来ることはないのか」という議論は一体何なのであろうか。
そこを敢えて問いたい。


「ひとつになろう・・・」
具体的に、何?
誰が、何をするの?

そんなことだけではなく、そもそも「ひとつに・・・」なる必要があるのか?
「ひとつに・・・」なったら、何が出来るのか。

まったくもって、疑問である。


今、見えていることは、
・ひとつになって、放射能汚染された地域の食材の隠避
・ひとつになって、自粛ムードを推進して外食を隠避
・ひとつになって、義援金の募金だけで済まそうとする空気

何なんだろう。「ひとつに・・・」なるって。



ここで、過去を振り返る。

◆阪神大震災
民間のボランティアが活躍し、被災者支援にあたった
       ↓
被災者を支援したボランティアが、被災者から多く感謝され、逆に感動をもらえた。
       ↓
被災者に触れないセクションでのボランティアの仕事には、人が集まらない
(例えば、ボランティアの人に対する炊き出しのセクション)
       ↓
ボランティアと称して、現地を見物する人が増えた。
(被災者を動物園の展示動物のような目で見ていく人が増えた)


◆新潟中越地震
全国から支援物資が集まって、被災者の非難の援助となった。
       ↓
阪神の経験からボランティア意識が日本中で高まり、短期間で十分な量の支援物資が集まった。
       ↓
食品は栄養補助食品ばかりが集まってしまい、まともに食事にならない。
衣類も使い古された服ばかりが集まり、もらい手がなかった。
       ↓
半年もしたら、支援物資という名のゴミの山が出来てしまった。



ハッキリ言えば、「被災者」と「恵まれない貧しい人」の区別が出来ていない。
被災者とは、震災が発生する直前までは、普通の豊かな暮らしをしていた人たち。
その災害が影響して、家財を失ってしまった状態にある人たちである。
決して、これまで貧しい生活を送っていた人たちではない。


にも、関わらず、マスコミの報道や震災の支援の風潮は、貧しい人に何かを恵んであげようとする。
炊き出しなんかで、「温かいモノ」を提供して、喜んでいる姿を報道して、鼻の穴を膨らましている。

そんな映像を見るたびに、ゾッとする。



話しは変わる。

多くの人は、避難所にいる人たちを支援しようとする。
先ほど一緒に飲んだ大学院の仲間も、避難所にいる人たちをどう支援するかを考えていた。
その方に言った。

「一番、大変なのは、避難所にいる人たちでは無いですよ」

この言葉の意味をその人は当初、理解出来なかった。
それはしょうがない。メディアが取り上げるのは、そういった所にいる人たちの方が
TVショーとして成り立ちやすい。

「本当に大変なのは、家が半壊程度でいて、そこで暮らしている人たちですよ」

とりあえず、避難所に入らなくてもなんとかなる場所がある。
しかし、そこは電気もガスも通っておらず、話せる仲間もいない。
支援物資は届かず、避難所へ取りに行く。すると、避難所の人たちから白い目で見られ、
それでも生きていくために、支援物資を受け取りながら、いつ崩れるかも解らない家に帰っていく。

また、避難所にいる人たちも、なぜ、避難所に居続けるのか。
内陸にはいくらでも、家屋は余っているし、普通の生活が行われている。
人によっては、都会に引っ越してしまい、現地には留まらない人も少なくない。

では、なぜ、避難所に彼らは居続けるのであろうか。




またまた、話しは変わる。

「何か自分たちに、出来ることはないか」

最近、あちこちで聞こえてくる言葉。

・募金をした   …ありがとうございます。今後とも継続的にお願いします。
・募金活動をした …自己満足で、終わっていませんよね?
・被災地に支援物資を送った? …本当に必要なものですよね?送りつけていませんよね?
・ボランティアに行った   …現地に迷惑をかけていませんよね?食料や宿泊は自己調達?
・東北の商品を買う   …ありがとうございます。
・東北に旅行する    …ありがとうございます。
・避難所に複合機を送りつける …バカヤロウ


今回の震災で、さすがだと思ったことは

 ①支援物資の受付を、個人からはストップし、企業限定にした
 ②ボランティアは現地に住んでいる人のみ

この2つの対応は、ハッキリ言って評価したい。
最近はこの鉄則が崩れてきたが、震災発生直後は見事に通しきったことに、これまでの経験が生きているということを実感した。
前述の「阪神」、「中越」から学んだ経験であろう。


我が大学院仲間の行った行動。

・みんなから募金を集め、その金で複合機を買って避難所に送った

  ⇒全くの意味不明。その人に募金しなくてよかったとつくづく実感。
   思わず「何で?」とメールを送ってしまった。

・現地にNGOのボランティアで行ってみた

  ⇒何も出来なかったということを学んで帰ってきた。
   (それはそれで、経験という意味では評価したい)


本当に、私たちに出来ること。
「普通の生活をやり続けよう」

これしか、ありません。
その中で、例えば夕食を1品増やし、それを東北のものにしようだとか、
東北で製造されている部品が使われている商品を買おうだとか、
普通の生活をすること以外に他ならない。

普通の生活の中で、例えば投資する方は、東日本復興ファンドに投資するだとか、
宝くじを東北復興宝くじを買うだとかでもいいかも知れない。

本当に、「普通の生活」の中で、若干軸足を東北よりにするだけで、他のことは
無理に考える必要はない。

その人の出来る範囲で、出来ることを考える。

「ひとつに・・・」ならなくて、いいんだと言うことを考えるべきだと、個人的には考える。
とにかく、被災地以外の人たちは余計なことをしないで欲しいと、つくづく思うのである。








会社を退職していらい空白となっていた健康保険であるが、

ようやく保険証をゲット。



新宿区役所へ行き、窓口に話したら意外と簡単に保険証を作ってくれた。

しかし、これからが大変。

保険料をたくさん納めなければならない。年金の請求も来ている。

この国に住むには、意外に金がかかるようだ。


http://www.kokuho.jp/
↑国民健康保険ガイド


これでようやく巣鴨総合治療院へ行ける。



有名人御用達
学校の仲間が経営しているところなので、信頼度抜群だよ。

$こうたいしでんかのブログ