あれから | 赤い日記帳SUPER-ZZ

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平松あかねのゲームアニメマンガ等の同人・コスプレ系ブログです。
つらつらと同人やコスプレ等オタクな内容から普段のことを書いて行きます。

中傷などはお止め下さいね(><)

mixiやツイッターなどではつぶやきや日記書かせてもらいましたが。

6月12日で34年

6月14日で4年

地震の有った日。

6月は防災の意識が高い月であります。

6月11日は1年3ヶ月。
まだまだ3.11の事は忘れられない。
忘れる事が出来ない。
忘れられるわけがない。



◆6月12日は宮城県沖地震の有った日
(1978年6月12日に宮城県沖地震)
震度は今で言うと5強ほど。しかし昭和の時代はブロック塀が多く、その下敷きとなって亡くなる方も多かったと記されている。
この地震は私はわからないけど、ずっと言い伝えられているし、この地震が基本となり、30年周期でくる地震の予測がされていた。
なので30年すぎて、いつ大地震が来ておかしくない状況であった。
WIKIにも有るように、ラジオで地震の有った時間に流れています。
だから意識も出来ていたと思う。


30年周期の地震は2011年3月11日の地震が該当になるみたいです。




◆6月14日は岩手・宮城内陸沖地震
(2008年6月14日に岩手・宮城内陸地震)

これは地元だったので体験いたしました。
いまだに忘れられない、土曜日の朝。

うだうだと茶の間で横になってました。

すると地響きが聞こえました。

ドドドドドドド…

「あ~何か来るなぁ~」
そんな考え。

すると家が

ドン!!!!!

となり、ガラスを始め家中がガタガタとなり今まで体感したことの無い揺れ、

ビックリしてすぐさま起き上がり

「これはヤバい」

と、とっさに思い、
うちは茶の間からすぐ玄関と言う普通なら嫌な造りなのですが、
幸いにもすぐ外に出れれる状況でもあったからか
激しい揺れの中タイミングをはかりつつ、柱に捕まりつつ
玄関から庭へと逃げました。

外に出てもまだ揺れる音、ガラスの音。

寝ていた兄が起きてきました。
タンスの上にカラーボックスを横に置いていたのですが、
それが「飛んできた」と。
布団の中といえども危ない所でした。
今はもちろん置いておりません。


2008年6月の日記
http://ameblo.jp/deep-red-ruby/archive2-200806.html#main

ブログ内と言えば、私4月に地元が感知した地震のブログあげてます。
そのたびに震源地は私、など言ってましたがかお
確かに頻繁だったような気がする。


そういえば地震の際、PHSから電話かけたら
『震源地(被災地?)以外の方からはかかりません』
って案内されて悲しかったですよ…ウィルコムめ…。
震源地なのに…!って思いつつ、災害伝言ダイヤルを使った記憶が有りまして、
いまだに忘れられないのと、恨みを持ってますむっ




町はマンホールが出まくり。
断層に沿ったと思われる場所に有った家が特にひどかったです。
しかし良く古い我が家が持ったものだ…3.11もそうなのですが、6強を2回耐えてます;
それでなくとも震度5クラスは過去に数回あったし
家がホントに崩れると思ったけど現状維持・・・。
たとえ古くても、うちの宮大工だった祖父が建てた(と聞いている)ので
祖父が守ってくれたのかなぁと思っています。
3.11の時もですが。

テレビで地元の状況を見てショック。
産まれてから見て育ってきた山の崩壊。

地震後初めての紅葉や雪の時期はそれが肉眼でも物凄くはっきりとわかる。


山の怒りか。


ちなみにこの時は私は部屋が大掃除途中で小さいころから使用していたタンスをかなり小さいからと外して服は衣装ケースに入れて、4段重ねにしてましたが、2段落ちました。私の部屋の被害ってそれくらい(笑)
あと茶の間に置いていたノートパソコンが下に落ちたことかな。
高さ30センチくらいの所にバランス良く置いていたのですが、さすがに落ちたみたいで。

この時衣装ケースが物凄く売れました、タンスがダメになった家が多くて。
そう思うと私は運良かったのかしら?

うちは皿割れたの2枚だけで(笑)
ホント被害が少なかったです。
農家のお家とか家族の多い家は食器も多いのでやはりかなり割れた模様。
うちも非農家だけどちょっと多くて、でもかなり棚にぎゅうぎゅうにしていたから逆にそれが良かったのか??
割れた皿も床に置いていたやつでした。

確かこの時は断水はしなかったかな。
ガスもガス屋さんに見てもらってプロパンなので使えました。

書ききれないなー。

とにかく、
この地震では亡くなった方も居ます。
登山中つり橋を渡っているときに地震が来て沢に落ちた方、行方不明となった方
山の中腹にある宿泊施設に土石流が流れてきてのまれた方。
ここでは流れてきた洗濯機につかまって助かった方が居ます。

父親が同級会で聞いた話では
「自分は山に卸しに行った時、地震が起きて、後ろの車が土砂に流された」
と言う話。
父の同級生の方も命辛々帰って来たんですよね。
後ろの車の方もどうなったのか、と思うと辛い。
山は道路が崩壊のために下山も出来ない状態だったから身動きできず。
山好きの方にはホントいい気候で山も綺麗な時期で、登山の季節で。
私も近いうちに高山植物を観に行きたいと思っていた頃。
沢山の方が訪れていたのですから・・・。


自分の生まれ育った場所がこうなるのは悲しい。


そして、そのあとにハローワークに出た仕事がこの地震の災害関連の仕事。
地震が起きないと仕事が無いのかと思うのも悲しい。



この地震から4年弱、やっと町も復興したかなと思えば3.11。
まだうちの町にもどちらもの名残があります。
海沿いからやはり工事していくので、まだまだガタガタです。
山形方面に向かえば向かうほどよりわかります。

ほんっと書ききれないなー。
よろしければ各地震のリンク先見てやってくださいね。




今日は8時43分に黙とうをいたします。

これを読んで下さった方も、よろしければ・・・。




当時は確か「ふるさと納税」というもので自分の税を納めたい町に納めると言うものがありまして
それで栗原市に沢山の税金を納めていただきありがとうございました。


きちんと使われてるはずです←
役場に勤めてる同級生がスポーツカーに乗ってますけど多分違うと思います。←


ちなみに建物被害が少ないのは地震対応の家づくりだからです。
台風はめったに来ないので、トタン屋根なのです。軽いのです。
といっても沿岸部は塩害もあるので瓦も多いですけどね・・・。

よく阪神とこちらで起きた地震の比較をされますが、まず家の造りが違います。
西日本は台風に強い家、今はどうなのかわかりませんが、瓦がメインとなるもの。

そして地震向けに造られた交通機関。
東北は高速道路・新幹線は二本足です。これも地震対策です。

最近は軽い瓦屋根もありますよね。
新しい家って多分そんな感じかな?




例え『前にも聞いた』と言われようが私は伝え続けたい。
大切だから…(><)