映画の考古学ー『初恋』(1971) | 映画ハック!

映画の考古学ー『初恋』(1971)

渋谷HMVのDVDコーナーを通りかかったら、映画「初恋」のDVDがでていることに気がついた。


1971年に、この映画を確かに名画座でみた。こころに残る映画だった。


TSUTAYA DISCAS で検索したらあったので、早速注文。DVDで再会することができた。


今から三十数年前の心に響いたものが、さらに深く受け止められた。


なぜならば、主人公のアレキサンダー(16歳)と同じ息子を持つ父親として、初監督の西独名優・マクシミリアン・ミル演じる父親の立場で、この映画をみることができたから。彼も髭をたくわえており、自分もまたそうであるということ以上に、この映画はただ少年の「初恋」を描いただけではなく、人生の春から人生の終わりまでを、生と死と官能を描いたものであったと再確認する。


撮影がベルイマンの名作をものにしたスヴェン・ニクヴィストSven Nykvist。netで検索してる内に、アカデミー外国映画賞を受賞したらしいことがわかってくる。しかし検索エンジンにかからないほど、この映画は時間の堆積の中で埋もれていることを知った。


きっとドミニク・サンダもジョン・モルダー・ブラウンも知らない人々が、ほとんどのはず。それは当然のことかもしれない。せめてこの記事を読んだ人が、いつの日か「初恋」をみて、そして輝かしい映画の果実に気がついてくれたら幸せだという思いで、この記事を書くばかりだ。


恋。


それはどうして始まるか?


答え:それは、見つめるところから始まる。


この映画のキャメラ・ワークは、ある意味で奔放だ。


映像主義とでも呼べるようなコンテキストで綴られている。その中心をなす女神が、ドミニク・サンダである。


彼女の美しさを、どのように表現できるだろうか?アメリカには絶対にいないビューティーである。ヨーロッパの文化的伝統から生まれでた美貌といえるかもしれない。ベルナルド・ベルトルッチはその『暗殺の森』と『1900年』で彼女を起用した。その後の『ラストタンゴ イン パリ』にも起用しようとしたという。しかし確かドミニク・サンダが妊娠したために、マリア・シュナイダーがキャスティングされたと記憶してる。もしもドミニク・サンダが出演する『ラストタンゴ・・・』ができたとしたら、官能の濃厚なまったく別の『ラストタンゴ・・・』になったに違いない。


そしてそれは実現しないことが、歴史の必然であったといえるだろう。なぜならば、出来上がった『ラストタンゴ・・・』は官能よりも生命力に支えられた死のドラマで、歴史を塗り替えるヨーロッパ映画の傑作となったから。


ドミニク・サンダがただ一人見つめる相手。


それは、主人公の少年アレキサンダーの父親だ。そうとわかるのは、映画の後半部。それも極めて限られたショットによって描かれる。しかしそこでみれる目と目の無言のドラマは、おそらく恋する中年男性の魅力を現したいい場面である。少年には決してできない人生を知る男に彼女は恋をしたのだ。あるいは「初恋」」は21歳の女性(ジナイーダ)が初めて恋に落ちる様を描いたのかもしれない。


故・荻昌弘氏(映画評論家)が激賞していたのを、懐かしく思い出す。この映画の音楽はリパッティが奏でるショパンのピアノ曲である。(映画の最後にはリパッティに捧ぐという献辞がでる。)


映画という記録装置に記憶された情念ーそれは自然の生命の営みに視線がおぼれるように分け入る中で、ドミニク・サンダがフレームインすることから始まる恋の官能であろう。