「ニュー・シネマ・パラダイス」 NUOVO CINEMA PARADISO(1988) | 映画ハック!

「ニュー・シネマ・パラダイス」 NUOVO CINEMA PARADISO(1988)

エンニオ・モリコーネ Ennio Morriconeのテーマ曲がこの映画のすべてを照らし出している。郷愁と愛惜。そして映画に対する愛。

監督ジュゼッペ・トルナトーレ GiuseppeTornatore は映画の先達に対する尊敬の念を吐露してえる。それは敬虔な信仰にも通じる思いで、舞台となったシチリア島の映画館パラダイス座の支配人は、司祭であったりもする。喜劇的な、それでいてキス・シーンを検閲してカットする司祭は本当は映画の毒に一番先にやられてたのかもしれない。


映画館が大衆娯楽の場だった頃の、観客の描写が秀逸だ。温かく人間を見据える視点が、今はない共同体が成立していた頃の市井の喜び・悲しみを見詰めていく。映画は娯楽だったし、未知の世界へ開かれた窓だった。


主人公のトトが恋に落ちる。若い女性のアップが眩しい程美しい。その美しさはヨーロッパ映画の美しさだ。何故、ハリウッド映画にこのように美しいショットが撮れないのだろうか?それはきっと恋する気持ちで映画を造れはしないシステムのせいだから。


私淑したミケランジェロ・アントニオーニの「さすらい」が上映され、映画のプロット上でも重要な伏線を担う。「いい映画だけれど、わからない・・・」と登場人物に語らせるあたり、トルナトーレの茶目っ気を感じた。アントニオーニは映画を藝術の域に高めた映画監督のひとり。ベルナルド・ベルトルッチは「ドリーマー」で、師匠のゴダールの「勝手にしやがれ」に同様の手法でオマージュを捧げてる。


自分の映画の血脈はと問われれば、イタリアの血が濃いと答える。


ニュー・シネマ・パラダイスを観て、予感が確信に変わった。