人は 命尽きた後、どうなるのか?ただ消えていなくなるだけ。

人の記憶から消えることが、完全なる死だと思う。

 

辛い事が続いたら 周りのものを感じる力が弱くなる。

心が病んでしまうと、辛い事しか見えなくなる。どうでもよくなる。

どうにかする気力もなくなる。

 

そんな時に どんな声をかけて助けられるのか、わからない。

だからせめて、思い出したり思い描いてほしいことを書いていこうと思う。

 

幼かったころ、いろんなことに感動した。中には心がツンとするものもある。

『朝には道の水たまりが薄く凍っていて、スケートごっこをしながら学校へ行った。

学校の鯉がいる池にも薄く氷が張っていた。白い息、赤い手、身をさすような冷たい空気。

水色の空。やがて桜の季節。入学式には桜が満開でハラハラと散っていた。

やっと温かくなって、黄緑色の葉っぱが重なり合って揺れている。

きらきらとまぶしい木漏れ日。爽やかな風。

アジサイが咲くころは、登校途中のコンクリート塀に小さなカタツムリ。

そしてカマキリの赤ちゃんが駐車場に出てくる。

初夏が過ぎて毎朝蝉が鳴き始める。幼いころは虫取りが好きだった。

主にアブラゼミ。ジージー。クマゼミはレアでシャンシャン。ミンミンゼミもいた。ツクツクボウシは夏の後半だったかな。

真っ青で深い空は、その奥の宇宙が見えるようだった。

夏の夜はぬるい風。扇風機しかない。ベランダからは大きな歓声。

あちこちの公園では夏祭りが同時にあった。

最後は必ず、炭坑節で終わる。

近くの海や公園で花火もした。その頃は星ももっとたくさん見えていた。

暑い日が和らいできたころ、風も涼しくなって 同時に切なくなった。

ベランダから聞こえていた虫の大合唱も いつしか風と揺れる草の音だけになっていった。

ドングリを拾ったり落ち葉で山を作ったり。美しく紅葉した桜ともみじ。

そしてイルミネーション。小さなツリーを家族で飾る。

空気は冷たく澄んでいて、街の中の明かりを見るだけで嬉しくなった。

 

色とりどりの花、鮮やかな羽の鳥、初夏の木漏れ日、観葉植物、嵐と雷雨、スコール、エメラルドグリーンの水、川の底の冷たい水流、ロッジの木の香り、油絵のにおい、冬の朝の張り詰めて澄んだ空気、大きく照らす月、一面金色に輝く朝日、赤から紫が広がる夕焼け、瓶に詰まったガラス玉、膝で寝る猫。

 

生きているだけで、感動はたくさんある。辛さや悲しみを癒すなら、沢山の感動を探すといい。好きなものを見て感じればいい。見たことがないものを探すのもいい。

生きていれば今の環境はいつでも変えられる。逃げたらいい。捨てたらいい。

やり直せることの方が多い。