もうずいぶん前の話だけど
今日、ふと友人のことを思い出した。
り~りを産んでしばらくした頃
私はマタニティブルーになっていたと思う。
マタニティブルーって、妊娠期間中だけじゃないんだよね。
今なら別の考え方ができるのに
その頃は悲しい考え方しかできなかった。
り~りが生まれた頃は、まだ友達は独身も多かった。
特に携帯が必要ではなかったけど
一人がさびしくて、不要だと思いながらも買う事にした。
学生の時の友人とアドレスを交換して
たまに、その子からメールが届いていた。
「今日は○○に行ったよ」
「今日は○○を見たよ」
メールに添付されている写真はきれいなクリスマスツリーや満開の桜。
私はそれを見るたびに
これを送りつけてきて、一体どういうつもりなのかと
おもしろくなかった。
私がどこにも行けないのが分かってるはずなのに、と。
「泊りがけで遊びにおいでよ!レイトショーでも見に行こう!」
とメールが来たとき、気持ちが爆発してしまった。
本当はあの時、私が見に行けないからと思って
写真を送ってきてくれたのかもしれないのに。
本当はあの時、少しでも楽しい気分にさせようと
メールを送ってくれてたかもしれないのに。
子供がいないから分からなかっただけで
本当に気分転換にさそってくれてただろうに。
今思うと、私も子供だったのだ。
26歳になってはいても、まだ子供で
相手の気持ちを考える余裕がなかった。
この頃、人の幸せの多くが妬ましくてうらやましくて
ますますり~りと二人で部屋にこもっていた。
私が今、こんな風に思えるのは
多分幸せだからだろうと思う。
自分が不幸だと思ってると
全てが違う捉え方になるのかもしれない。
それでも精一杯だったあの頃は、ある意味仕方のない事で
その友人を失ってしまったのも仕方のない事で
でも二度とそういうことを繰り返さないように
誰かを傷つけることのないように
強くなれたらいいなぁと思う。
こうやって考えてみて
不思議なことに気が付いた。
自分の弱さを受け入れることで
誰かを傷つけないよう、強くなりたいと考えられるようになる。
自分が弱いと受け入れることで強くなれるなら
むしろ喜んで弱さを受け入れたいという気持ちになった。
自分が弱いと思うことは、弱いことじゃない。
まだ前進できるってことだよね。