「家族という病」という本を予約しました。
14人待ちでした。
待ってる間に「父という病」という本を見つけて読みました。
「母という病」という本もあるようなので借りようとしたら
この本が目につきました。
誰かが借りて「今日返ってきた本」に置いてある・・・
最近は悩んでる人が多いのかな。
中村うさぎさん。
結構毒舌で、結構ハチャメチャで
まさか著書を読むことになろうとは思わなかったんだけど
読んでみるとおもしろかった。
最初のあたりは、今に至るまでの経過なんかが書いてあって
「ふ~ん。そうなんだ」
って思うだけだったんだけど
後になればなるほどおもしろくなってきた。
あの表現はそんな風に考えてたからだったのか、ということが
たくさん書いてあった。
彼女はきっと、とても正直な人なんだろう。
人って多分、「誰かから評価される私」を大切にしてると思う。
本当の、純粋な気持ちを言えば
彼女のようなことを考えていても特におかしくはない。
「優しい人と思われたい」とか
「私はそんなこと考える人ではない」とか
そういう気持ちっていうのは
自分しかいない世界だったらあり得ないと思うから。
自分をごまかすのがいいとか悪いとかじゃなくて
人ってそういう風にできてるんだと思う。
だからこそ、コミュニケーションが取れるんじゃないのかな。
でも彼女は、自分がそうでないことを知っていて
そうでない自分に誇りを持っていて
その結果友人が少なくなることも知っていて
それでも、自分に素直でいたいと言う。
すごく強い人だと思う。
私はやっぱり、「人に嫌われたくない」と思うから
思っていもいないことを言ったり
自分自身を偽ってしまったりする。
だからといって彼女と親しくなれるかというと
それは無理。
無理、だけど。
今まで彼女を見て感じていたことよりもっと違う何かを
知ることができたような気もする。
彼女の言う通り「言葉は神である」なんだろう。
他者の中で生きるために「言葉」を発明し
他者を理解し、理解され、他者とつながりたいという必死の想いが
「言葉」を生んだ。
その強い思いが、相手の心を揺り動かす、と書いてある。
彼女の本心の、真実の言葉によって
私は誤解していた彼女の一面を知ることができた。
それは常に嘘偽りない言葉で語ろうと努めている
彼女の誠意がもたらした結果なんじゃないかな。
何度か耳にしたデカルトの有名な言葉に
「我思う、ゆえに我あり」
というものがあるんだけど
若いころは何を言いたいのかさっぱり分からなかった。
この言葉をちょっと変えると「他者思う、ゆえに我あり」になるようだ。
なるほど。
でも、多くの人はそうなんじゃないのかな。
もちろん私も。
もう一つ、とても共感した箇所があった。
「人生の価値とはなにか」
「何者かにならなくちゃ」「何事かをなさなくちゃ」が大切なのではない。
何者にもなれない人生、何事も成し遂げられない人生だって価値はある。
人生は結果ではなく、そうやって答えを探して長い旅をする。
その足取りこそ貴重であり、その過程の積み重ねが
唯一無二の人生を作っていく。
奇抜な言葉で人目を引きたい人なんだと思ってたけど
全然違った。
だから人っておもしろいよね。