今年6月19日は太宰治生誕100年にあたるそうです。各種メディアでも話題になってましたね。
僕は太宰治、好きなんですけどね。
今太宰治の受容のされ方って、どんな感じなんですかね。「生まれてすみません」,「人間失格」の、絶望とか破滅とかのイメージに共感、みたいなのはまだあるんでしょうか。
僕は太宰治のどこに惹かれるって、一にも二にも「文章そのもの」あるいは「文体」の魅力なんですよね。
初めてちゃんと読んだ彼の作品は「富嶽百景」だったんですけど、この小説の文章がとにかく素晴らしくて。

走れメロス (新潮文庫) ダス・ゲマイネ,富嶽百景,女生徒,駆込み訴え,等所収
まず根本的に文章がうまい! あの書き出しは実際名文に間違いないだろうけど、その冒頭部分からあっという間に引き付けられて、「ああ、こんな文章が書きたい。こんな文章が書けたら」などと陶然としながら、最後まで一気に読み通してしまったほどです。全く、「文章そのもの」「文体」に引き付けられるという経験をしたのが初めてだったものだから、それが太宰の(しばしば共感を呼ぶ)ものの見方やユーモアあふれる内容とも相俟って何度読み返したことか。
その文章は、「文学」然とした高邁な文章ではなく、親しみやすい語り口調と独特のリズムが特徴でしょうか。まあ、そう書いたところでその文章の魅力を表現することはできないのですが、例えばその冒頭に続く次の部分:
もう一つ大きかったのが「自意識系」の部分。例えば「思い出」のこんな一節。

晩年 (新潮文庫)
中学時代、太宰には意識する女性徒がいたのだが;
彼は嫌らしさとか弱点とか劣等感をあらいざらい書いてしまうところが独自性で、そういうのは今でこそ例えばお笑いの世界に「自虐ネタ」「自意識ネタ」なんかで山ほどあるけど、それをずっと先取りしていたわけなんですよ。
実は子供の頃、作文とか読書感想文が大の苦手だった僕が、太宰作品から「文章表現そのものの魅力」「思ってることは、(みっともないことでも)そのまま書いちゃっていいんだ」ということ教わったことで、まあ、こんなブログをやっているのかもしれない、というほど大きな影響を受けたわけなんです。もちろん、僕には文才は全くありませんが(ということなので、太宰治の言い回しを知らないうちに「引用」しているところがこのブログにも多々あると思う)。
この「晩年」所収作品では、「魚服記」「くろんぼ」なんかの「大人の童話」風の短編も強い印象を残しましたねえ。
他には中期の「右大臣実朝」も好きな作品。

惜別 (新潮文庫) 右大臣実朝所収
#出でていなば主なき宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな・・・
ところで、物語作家としての太宰の評価ってどんなもんなんでしょうね。代表作の長編「斜陽」なんか何が面白いのかさっぱり分からないし、文章もその冒頭から、ゲエと。
それから(太宰治と聞いて真っ先に思い浮かべるところの)「人間失格」に向かってネクラ度を一作ごとに深めていく後期作品も、「主人公の言動にいちいちハラが立つ」くらいなもんで

人間失格,グッド・バイ
ああ、でもトカトントンは面白いなあ。

ヴィヨンの妻 (新潮文庫) 親友交歓,トカトントン,おさん,家庭の幸福,桜桃,等所収
何かやろうとして張り切っていると、突然「トカトントン」という音が響いてきて、何もかもがバカバカしくなってしまうという・・・
僕が「富嶽百景」とともに好きな作品は「津軽 」。
これを携えて、津軽を旅行したクチですからね(笑:まあ、北東北一周旅行の一環だったんですが)。そのことについても書くつもりだったんですが、長くなったのでまたの機会にします。
ああ、でも僕、桜桃忌って行ったことないんですよねえ・・・ 実は太宰の墓も生家も見てない(^^; まあ、そんなスタンスなんですが。
#それにしても太宰治と松本清張が同年生まれと知った時は仰天したなあ
僕は太宰治、好きなんですけどね。
今太宰治の受容のされ方って、どんな感じなんですかね。「生まれてすみません」,「人間失格」の、絶望とか破滅とかのイメージに共感、みたいなのはまだあるんでしょうか。
僕は太宰治のどこに惹かれるって、一にも二にも「文章そのもの」あるいは「文体」の魅力なんですよね。
初めてちゃんと読んだ彼の作品は「富嶽百景」だったんですけど、この小説の文章がとにかく素晴らしくて。

走れメロス (新潮文庫) ダス・ゲマイネ,富嶽百景,女生徒,駆込み訴え,等所収
まず根本的に文章がうまい! あの書き出しは実際名文に間違いないだろうけど、その冒頭部分からあっという間に引き付けられて、「ああ、こんな文章が書きたい。こんな文章が書けたら」などと陶然としながら、最後まで一気に読み通してしまったほどです。全く、「文章そのもの」「文体」に引き付けられるという経験をしたのが初めてだったものだから、それが太宰の(しばしば共感を呼ぶ)ものの見方やユーモアあふれる内容とも相俟って何度読み返したことか。
その文章は、「文学」然とした高邁な文章ではなく、親しみやすい語り口調と独特のリズムが特徴でしょうか。まあ、そう書いたところでその文章の魅力を表現することはできないのですが、例えばその冒頭に続く次の部分:
東京の、アパートの窓から見る富士は、くるしい。冬には、はっきり、よく見える。小さい、真白い三角が、地平線の上にちょこんと出ていて、それが富士だ。なんのことはない、クリスマスの飾り菓子である。(中略)。窓の下のアスファルト路を、さかなやの自転車が疾駆し、おう、けさは、やけに富士がはっきり見えるじゃねえか、めっぽう寒いや、などと呟きのこして、私は、暗い便所の中に立ちつくし、窓の金網撫でながら、じめじめ泣いて、あんな思いは、二度と繰りかえしたくない。こんな「文体」を、いったいどうやって「発明」したんだろう。
もう一つ大きかったのが「自意識系」の部分。例えば「思い出」のこんな一節。

晩年 (新潮文庫)
中学時代、太宰には意識する女性徒がいたのだが;
秋のじぶん、夜中に火事があって、私も起きて、外へ出て見たら、つい近くの社の陰当たりが火の粉をちらして燃えていた。(中略)。私は、隣のうちの門口から白い寝巻きの女の子が私の方を見ているのを、ちゃんと知っていながら、横顔だけをそっちにむけてじっと火事を眺めた。焔の赤い光を浴びた私の横顔は、きっときらきら美しく見えるだろうと思っていたのである。――こういう嫌らしさって誰でも持ってるじゃないですか。このちょっとあとの、「私にとって、ふと、とか、われしらず、とかいう動作はあり得なかったのである」のくだりといい、それを「書いちゃっていいんだ!」って知ったことが、僕にとってある意味革命的だったんですねえ。
彼は嫌らしさとか弱点とか劣等感をあらいざらい書いてしまうところが独自性で、そういうのは今でこそ例えばお笑いの世界に「自虐ネタ」「自意識ネタ」なんかで山ほどあるけど、それをずっと先取りしていたわけなんですよ。
実は子供の頃、作文とか読書感想文が大の苦手だった僕が、太宰作品から「文章表現そのものの魅力」「思ってることは、(みっともないことでも)そのまま書いちゃっていいんだ」ということ教わったことで、まあ、こんなブログをやっているのかもしれない、というほど大きな影響を受けたわけなんです。もちろん、僕には文才は全くありませんが(ということなので、太宰治の言い回しを知らないうちに「引用」しているところがこのブログにも多々あると思う)。
この「晩年」所収作品では、「魚服記」「くろんぼ」なんかの「大人の童話」風の短編も強い印象を残しましたねえ。
他には中期の「右大臣実朝」も好きな作品。

惜別 (新潮文庫) 右大臣実朝所収
#出でていなば主なき宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな・・・
ところで、物語作家としての太宰の評価ってどんなもんなんでしょうね。代表作の長編「斜陽」なんか何が面白いのかさっぱり分からないし、文章もその冒頭から、ゲエと。
それから(太宰治と聞いて真っ先に思い浮かべるところの)「人間失格」に向かってネクラ度を一作ごとに深めていく後期作品も、「主人公の言動にいちいちハラが立つ」くらいなもんで

人間失格,グッド・バイ
ああ、でもトカトントンは面白いなあ。

ヴィヨンの妻 (新潮文庫) 親友交歓,トカトントン,おさん,家庭の幸福,桜桃,等所収
何かやろうとして張り切っていると、突然「トカトントン」という音が響いてきて、何もかもがバカバカしくなってしまうという・・・
僕が「富嶽百景」とともに好きな作品は「津軽 」。
これを携えて、津軽を旅行したクチですからね(笑:まあ、北東北一周旅行の一環だったんですが)。そのことについても書くつもりだったんですが、長くなったのでまたの機会にします。
ああ、でも僕、桜桃忌って行ったことないんですよねえ・・・ 実は太宰の墓も生家も見てない(^^; まあ、そんなスタンスなんですが。
#それにしても太宰治と松本清張が同年生まれと知った時は仰天したなあ