87



「俺は……憶えていない……絢音(あやね)と出逢った時のことを……何も……」


「……そうだよね。憶えていないよ、きっと……」



絢音は、冷静な声でそう言った。



しかし、その声には温かみがある。


そのことが今は、少しだけ俺の心をホッとさせていた。



「と、いうことは……俺は別人格の時に絢音に出逢ったということなんだよな?」


「そう……あの時あたしは、奏(かな)に頼まれて……」



えっ?


奏に頼まれて……だって?



俺は、絢音の言葉に愕然とする。



しかし、それは本当は予想していた通りの言葉だったんだ。



「絢音、お前は……俺を助けるために、俺のそばに居てくれたのか……?」


「そう……奏に頼まれて……創を助けるために……」


「じゃあ……いや……」



俺は、続けようとした言葉を呑み込んだ。


それは、言葉を口にするのが怖かったのかもしれない。


でも……



「そうだよ、創……あたしは、ただ創を治すためにそばに居たんだよ……」



絢音は、そう言ってその時冷たく微笑んだ。



いや、本当はそうじゃなかったのかもしれない。


だけど俺には、確かにそう見えたんだ。



絢音のそんな表情を見た俺は、急に胸が苦しくなる。



「俺は……絢音を確かに愛していた……でも、お前は……違ったのか?」



俺の記憶には、確かに絢音との楽しい生活が残っていた。



でも、それは……本当に、本物の記憶なのか?