50


そのとき俺は、何故か自然と奏(かな)を受け入れてしまった。



ふたりでカフェを抜け出して、夜道をふたりで歩く。



俺たちの手は、いつの間にか繋がっていた。



六本木方面へと、歩く。



甘えるようにして歩く奏が、とても愛しく思えた。



俺は、古いOMEGA SeaMasterを見る。


針は、午後10時半を示していた。



「ねぇ、どこかへ連れて行って……」



そう囁いた奏に、俺はゆっくりと頷く。



路面のコインパーキングに入れておいた、赤い2000年式ポルシェ・ボクスターSに乗り込む。



普通の女なら、この車に興味を示すハズだが奏は違っていた。


レカロの革張りシートに腰を沈めたまま、奏はじっと俺を見つめるだけだった。



俺は奏の黒目がちな大きな瞳の奥に、悲しみの色を感じ取っていた。


そして、少し潤み始めた奏の瞳に引き寄せられるように……。


俺は、優しく奏の唇を奪う。



「……タバコの匂い……好き……」



キスの合間に、奏はそう呟いた。



俺は、夜の街にポルシェを走らせる。



ヒルズを左手に見ながら、六本木のトンネルをくぐって乃木坂へと抜ける。



「どこに行きたいんだ? 奏……」


「……波の音が……聴きたい……」



国道246号線へと左折して、渋谷から首都高に乗る。



そのまま東名を経由して、俺は海を目指した。



俺は、そのとき間違いなく奏を愛していたはずだ……。



それなのに、どうして……。