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詩子は一瞬、躊躇したように口をつぐむ。
しかし詩子は意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「あのね……話したいのは、お姉ちゃんのことなんだけど……」
来た、か……。
詩子の姉……それは、あの夜俺が見た女……。
そう、それは……大井町の駅前で、泣きながら花束を持った女……。
俺は悪い予感を振り払うように、優しく詩子に微笑かけた。
「うん……聞くよ……とりあえず、ソファーに座ろうか……」
ゆっくりと頷いた詩子は、俺の手を引いて赤いファブリックのソファーに向かう。
リビングの窓際に置いてあるソファーに、俺たちは腰を下ろした。
詩子の柔らかい腰が、俺の腰に柔らかく密着している。
俺は詩子の肩を優しく抱いて、詩子の次の言葉を待った。
「お姉ちゃんは……ここに住んでいたの……」
えっ?
俺は詩子の言葉に、明らかに動揺していた。
住んで、いた……だって……?
俺は詩子の言葉の意味を探ろうとして、詩子の顔を覗き込む。
詩子の瞳は、ジワジワと涙に潤み始めていた。
俺は反射的に、詩子を抱き締める。
そのとき俺は、確実に感じていた。
それは憐れみでも、同情でもない。
ましてや、絢音に去られた寂しさを紛らわせるためでもない。
俺は、今……確実に詩子が愛しかった。
「お姉ちゃんは……ずっと……創さんのことを……」