36
次の日、夜7時45分。
俺は、大井町の駅前に居た。
いつものように、喫煙所でNEXTに100円のターボライターで火を点けた。
薄紫の煙がゆっくりと登って行く。
珍しく風もない、穏やかな夜だ。
俺は、喫煙所のすぐそばにある大理石のベンチに腰掛ける。
この前みたいに、詩子は早めに現れるのだろうか……?
タバコの火を消して、クロレッツのガムをひとつ口に放り込む。
ヤニ臭いのは、詩子に申し訳ないからな……。
そのとき俺は、以前絢音が言った言葉を思い出していた。
それは、俺と絢音が付き合い始めた頃のことだ。
「……ガムなんか噛んでもダメなんだからねっ! タバコ吸ったの分かるんだからっ!」
「そう? でも、ガム噛まないより良いじゃん!」
絢音と始めてキスした時、絢音はこう言った。
「……甘いよ、ガムのせいだね……」
俺は苦笑いしながら、絢音の髪をクシュっと撫でる。
「でも……この味と……タバコの匂い……ずっと忘れられないかも……」
俺は、いつの間にかフッと微笑んでいた。
俺は、滑稽な男だ。
去って行った絢音のことを、楽しげに思い出している。
ふぅとひとつ息を吐いて、俺はビルの隙間に見える夜空を見上げた。
明るい夜空に、星がぼんやりと瞬いている。
早く詩子に逢いたい……。