『君はサヨナラと言った』 和泉ヒロト
プロローグ
4月も半ばなのに、何でこんなに寒いんだよ……。
俺はMoncler Parisの襟を立てて、京浜東北線のホームを足早に歩く。
柔らかいダウンが、俺のカラダを優しく包んでいた。
左手に巻いたROLEX OYSTER DATEの針は、午前0時半を回っていた。
品川駅で京急の最終に乗り遅れた俺は、仕方なく京浜東北線に乗った。
青物横丁の自宅までは、大井町駅から歩いて15分ほどだ。
エスカレータを上がって、自動改札を抜ける。
SUICAの残金は、1000円を切っていた。
明日の朝チャージしなくちゃな……。
深夜の大井町の駅前には、ギターを掻き鳴らすミュージシャンがいた。
寒いのに、ご苦労なことだ……。
そして、チラッと視線を移したその先に俺は君を見つけたんだ。
花束を持って、泣きながら冷たい石のベンチに座っている君の姿を……。
1
「ただいまー! 今日はマジで寒かったよ!」
玄関でそんな声を掛けると、絢音(あやね)がリビングのドアからピョコンと顔を出した。
「お帰り、創(そう)! ホント寒いよね、今日!」
ニコニコしながら、絢音が俺を手招きする。
リビングに入った俺は、絢音をギュッと抱き締める。
そして、絢音のおでこに優しくキスをした。
「遅くまでご苦労さま! 暖かいコーヒーでも淹れようか?」
「うーん、いいや……眠れなくなると困るしね……」
俺はダウンを脱いで、ハンガーに掛ける。
寒い外から帰った俺には、部屋が暑すぎるように感じた。
まぁ、よくあることだ。
「ちょっと片付けたい仕事がまだあるから、ちょっと部屋に居るね……」
そう言って俺は、寝室を兼ねた狭い部屋に逃げ込む。
PCを起動して、VISTAの起動画面をボーッと見つめる。
しかし、あの娘は何だったんだろう……。
大井町の駅前で見た、花束を持った女の子……。
ポロポロと流れる涙を拭きもせずに……。
泣き顔を見ただけだったが、かなり可愛い子だったよな……。
しかし、何があったんだろう……?
きっと、どうしようもなく悲しいことがあったんだよな……。
あんな時間に、独りきりで……。
しかも、あんな花束を持ってさ……。
俺は、もうその時……詩子(うたこ)のことを強烈に意識していたに違いない。
詩子と俺の運命が交わってしまうかもという、そんな予感とともに……。