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「ありがとう……ごめんなさい……」
ユウナは、そう言うとペコリと頭を下げて小走りに駆けて行った。
俺は、そのときユウナに何も言えなかった。
そして俺は、そのときまだユウナの名前も知らなかった。
それから俺は、大学の中でユウナとすれ違うことが多くなった。
でも、きっと今までだってそんな風に俺たちはすれ違っていたのかもしれない。
あの日俺は、強烈にユウナのことを意識した。
ユウナの涙や声、俺に抱きついたユウナのカラダの柔らかさ……。
そんなすべてが、俺の意識に強烈に刻まれていた。
最初はお互いに言葉を交わすこともなく、ただ会釈をするくらいだった。
だけど、俺は……ユウナのことをもっと知りたくなっていた。
あのとき突然、ユウナは俺の肘をつかまえて震える声で言った。
「……この子も、きっと死んじゃう……分かるんだ……あたし……」
そんなユウナの言葉が、俺の胸の奥にずっと引っかかっていたせいもある。
そして、ある日。
学校の自転車置き場で、俺はまたユウナと偶然に逢った。
「……こんにちは、先輩……」
そのときユウナは、にっこりと笑って俺の目をじっと見つめていた。
その笑顔は、俺が今までに見たこともないほどの美しい笑顔だった。
「あぁ……こんにちは……先輩でもいいけど……俺の名前はシュンだよ……君、は……?」
「あたしは……ユウナ、です……」
「ユウナ、か……いい名前だね……」
ユウナは、ペコリと頭を下げて恥ずかしそうに笑った。
そして、ゆっくりと自転車を押して歩き出した。