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亮二は、夏子にケータイ番号とメールアドレスを訊いた。



夏子は少し躊躇したが、亮二と赤外線でそれらを交換した。



亮二は夏子の銀行口座を訊こうとして、やはり止めておいた。



きっと訊いても夏子は教えようとしないと思ったからだ。



カフェを出る前、亮二は最後に夏子に訊いた。



あの時計のことを……。



「あれはね、ママの形見なの。ママがおばあちゃんから貰ったものみたい……」



夏子は、小さなゴールドのROLEXの時計を大切そうにその小さな掌で包みながら言葉を続ける。



「ママはね、お嬢様だったみたい。でも……詳しくは教えてくれなかったけど、事故でおじいちゃんとおばあちゃんが亡くなったみたいで……それからは、大変だったみたいなの……」


「ちょっと待って。そのとき、もしかしたら……君の本当のママも?」


「……そうなのかも……でもね、私にとってのママは、ママだけだから……」



そう言って夏子は、少し寂しそうに笑った。




渋谷駅の改札で、夏子は小さく手を振る。



亮二は、それに応えるように同じように小さく手を振った。



改札を抜けた夏子が、振り返って亮二を見つめた。



亮二も、夏子をしっかりと見つめ返した。



人込みに消えていく夏子の姿を、亮二はずっと見ていた。



しばらくの間、ずっと……