74
有香との生活は、ぼくにとって。
間違いなく、かけがえのない幸せなものだった。
ほとんど、週末だけだったけれど。
ぼくは、有香と一緒に時間を過ごした。
軽井沢の旅行から帰って来た頃に。
有香は、一匹の猫をつれて来たっけ……。
「ねえ、ハル……近所でこの子を見つけたの。寂しそうにミィミィ鳴いてて……」
有香は、半ベソをかきながらそう言った。
そのとき、カメラのレンズの手入れをしていたぼくは。
手を止めて、玄関にたたずむ有香のほうへ歩いた。
有香の手の中には、キジトラの子猫がいた。
ミィミィ鳴きながら。
じっと、その子はぼくの目を見つめていた。
「かわいいな……なぁ、有香。ぼくたちで一緒に飼おうよ、その子……」
そのとき、有香は。
とても嬉しそうに笑ったっけ……。
「名前付けなきゃね……ハル、何がいい?」
「そうだな……うーん……」
そのとき、ぼくの頭の中に。
さっきまで手にしていたレンズの名前がひらめいたんだ。
「じゃぁ、エルマーってどう?ぼくの好きなライカのレンズの名前……」
「エルマー、か……。うん、いいね!かわいい名前」
有香は、エルマーを高く抱き上げて。
本当に、嬉しそうに笑っていたっけ……。
エルマーは、間違いなく。
ぼくたちの家族なんだよな……。
ぼくは、そのとき。
そんなことを考えていたんだ。