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みなかみの時と同じように。
有香は、一足先にこの場所を訪れたはずだ……。
ぼくは、そう信じることで。
不安な気持ちを封じ込めようとしていた。
焦っても、仕方がない。
でも……。
落ち着け、落ち着け……。
ぼくは、前に南大門市場に来たときのことを。
必死で思い出していた。
あのとき、ぼくは。
黒い麻のジャケットを買った。
路地の角にある、洋品店で。
かなり安い値段で、そのジャケットを手に入れた。
あの店は、どこにあるのだろう?
ぼくは、かすかな記憶をたどりながら。
その店を探して歩く。
なかなか見つからない……。
どの店も、同じような店構えだし。
市場の中は、特徴的な目印もない。
落ち着け、落ち着け……。
必ず、ぼくはその店を見つけ出すんだ……。
ぼくは、必死でその店を探す。
しかし。
その洋品店は、なかなか見つからなかった。
暑い……。
ぼくは、ジャケットを脱いで。
左手に畳んで持ちながら。
さらに、市場の中を歩く。
いつの間にか、陽は傾いて。
夕焼けのオレンジ色が市場を包み始めていた。