44


あの時、有香は。


ぼくの目をじっと見つめながら、言ったっけ。



「ねぇ、ハル……東京を離れてみると、気づかない? いつも居る場所の大切さに……」



「あぁ、そうかもしれないね。離れてみないと分からない真実ってあるような気がする……」



有香は、そのとき。


なぜか、少しだけ寂しそうな顔で。


ぼくを見ていたような気がする。



そして、有香は。


ゆっくりと、ぼくにキスをして。


その後、言ったんだ。



「離れてから気づくんじゃ、もしかして遅いのかもしれないよね……」って。



あの時、ぼくは。


特に意識もせずに、有香の言葉を受け流してしまった。



有香は、きっと。


あの時から、漠然とした不安を感じていたんだと思う。



そう。


ぼくに対する、不安を……。



ツアーバスは、いつの間にかホテルに着いていた。


今回の宿は、ロッテホテルではなく。


明洞(ミョンドン)のはずれにある、ちょっとグレードが低めのホテルだ。



チェックインを済ませた、ぼくは。


エレベーターで12階に上る。



1203号室の、立て付けの悪いドアの鍵を開けて。


ぼくは、ツインの部屋に入る。



ジャスコで買った、小さめの白いスーツケースを。


ベッドの上に、放り投げるように置いて。


ぼくは、窓から外を見た。