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「あの……もしよろしければ、温泉にでも浸かってはいかがでしょうか?」



佐藤さんは、気を遣ってくれたのか。


やさしく、ぼくにそう言った。



「ありがとうございます……はい。せっかくだから、温泉に入って行きます」



ぼくは、佐藤さんにそう言いながら微笑みかける。



きっと、ぎこちない笑顔で……。



露天の温泉に、ゆっくりと浸かりながら。


ぼくは、有香と過ごしたあの夜のことを考えていた。



昼間の今は、普通の露天風呂だが。


この風呂は、夜は貸切風呂になる。



あの夜、ぼくと有香は。


ふたりで、この露天風呂に入った。



薄暗い、闇の中に。


ボーっと、白熱電球が灯っていた。



有香の美しくて白い肌が、闇の中に浮かび上がっていた。



川の流れる水音だけが小さく聞こえる、静寂の中で。


ぼくたちは、のんびりと湯に浸かった。



裸の有香を、後ろから抱きしめる。


きめ細かい有香の肌が。


掌に心地良かった。



あの時、ぼくは確かに感じていた。


有香と一緒にいる幸せを、確かに……。



両手でお湯をすくい上げた、ぼくは。


そのままバシャっと、顔に掛ける。



溢れ出した、涙をごまかそうとして。