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「ねぇ、ハル………ううん、何でもない……」
あのとき、有香は確かに、そう言った。
「うん? どうしたの、有香……」
「ううん、やっぱりちょっと寒いなって思っただけ……」
ぼくは、有香のほうに向き直って。
ギュッと、有香を抱きしめた。
有香は、その大きな瞳で。
ぼくの目を、じっと見つめていた。
有香の、サラサラの髪を撫でながら。
ぼくは、ゆっくりと有香にキスをする。
キスのあと、有香は。
なぜか、少しだけ涙ぐんでいた。
少しびっくりした、ぼくは。
「どうしたの? 有香……」と、訊く。
「……ううん。幸せすぎるから……嬉しくて……」
有香は、そう言いながら微笑んだっけ……。
あの時、ぼくは。
少し、ホッとしながらも。
今まで感じたことのなかった、違和感を感じていたんだと思う。
ぼくは、ずっと自分の幸せだけを考えていた。
自分が幸せだから、有香と一緒にいたい。
ただ、そんな風にだけ……。
ぼくは、頭を左右に振って。
両手で頬を、パシパシと叩く。
そして、玉砂利の道を歩き出す。
その旅館に有香が残したかもしれない、ヒントを探すために。