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その旅館は、わりと大きい旅館で。


真新しい造りだが、風情がある。


雰囲気の良い旅館だ。



ぼくは、有香と訪れたあの日のことを回想する。



あの日……


ぼくと有香は、レンタカーを借りてみなかみにやって来た。



午後から降り始めた雨も、夕方には弱まっていた。


気温は10度を下回っていて、かなり寒い。



「やっぱり、こっちは寒いね……」



そう言いながら、寒がりの有香は。


ぼくに甘えるように寄り添った。



駐車場にレンタカーを止めて。


ぼくと有香は、玉砂利の道を手をつないで歩いた。



通された部屋は、落ち着いた雰囲気の和室だった。



有香が入れてくれた、熱いお茶が。


ふたりの冷えた体を、やさしく暖めてくれた。



お茶を飲んで、少しだけのんびりしたぼくたちは。


部屋の小さなベランダに出て、下に流れる渓流を見る。



川の流れる音が、ぼくの心を和ませてくれた。



ひんやりとした空気が、今は気持ち良い。


ぼくは、そばにいる有香の肩を抱いて、やさしく抱き寄せる。



ぼくの肩に、頭を預けながら。


有香は、ぼくに甘えてくれた。