その16
「いる訳、ないか……そうだよな……」
ぼくは、ゆっくりとひとつ息を吐く。
そのとき、また雨がポツポツと降り始めた。
目の前で、色とりどりの傘の花が開く。
チカ……?
遠くに赤い傘が見える。
しかし、傘の隙間から見えた顔はチカではなかった。
ぼくは、そのとき激しい胸の痛みを感じていた。
そしてぼくは、そのとき気づいたんだ。
チカはぼくにとって、やっぱりかけがえのない存在なんだということを。
チカと過ごしてきた時間は、嘘なんかじゃない。
ぼくとチカは、間違いなく本物の時間を共有していたんだ。
そしてぼくは、間違いなくチカを愛していた。
いや、もちろん今だって……。
ぼくは、もう一度辺りを見渡した。
チカは、きっとこの場所に来る。
そんな不確かな予感を、ぼくは信じたかった。
そして。
振り向くと、そこには赤い傘を差したチカが立っていた。
「あたしは、ユージが好きだった……」
「チカ……」
「もう嘘は、おしまい。あたしはコージだけを愛してるから……あたしとずっと一緒に居てくれた、あなただけを……」
ぼくはチカのほうに向かって、ゆっくりと歩み寄る。
「ただいま、コージ……」
半泣きで、それでも微笑みながらチカがそう言った。
ぼくはチカの唇を、ゆっくりとキスで塞ぐ。
そして、チカをギュッと抱き締めながらこう言ったんだ。
「お帰り、チカ……もう離さないよ……」って。
チカの赤い傘が、また激しく雨音を響かせていた。
でも、ぼくはもう不安じゃなかった。
だって。
ぼくのそばには、本物のチカがいてくれるんだから……。
ぼくは、もう一度ギュッとチカを抱き締める。
そして、コージとチカの本当の物語が始まったんだ……。
『ぼくの嘘と、君の嘘』
了
CopyRight by Hiroto Izumi 2008 Spring