7
正直、今のぼくは
結婚、なんてことを考えられる気分ではなかった。
2年前に、ぼくは転職をした。
大学を出たあと、テレビ制作会社に入社して
情報番組のディレクターをやっていたが
社会のドロドロした現実を毎日見ることにも、疲れていたぼくは
縁あって、今の会社にお世話になることになった。
今は、あるポータルサイトでWEBディレクターとして働いている。
最初は、仕事のやり方の違いに戸惑いながらも
それでも少しずつだけど
ちゃんとした成果を出せるようになって来た。
今日みたいに、早く仕事が片付く日も無いわけじゃないが
だいたい毎日、遅くまで仕事をやっている。
それは、ただ
やらなくてはならないことが、多いからだけではなく
とにかく、今の仕事が面白いからだった。
時間がある限りは、自分が関わる仕事の質を高めたい。
それが、ぼくの
正直、いま一番大切なことだった。
もちろん亜紀のことは、大切に想っているし
もちろん、失いたくはない。
でも、今のぼくは
このタイミングで、亜紀との未来を約束する勇気がなかったのだ。
そんなことを考えながら
ぼくは、部屋の隅にあるデスクの引き出しから
藤香からの手紙を取り出した。
プラスチックのペン立てから
リアルシルバーのペーパーナイフを選んで
シンプルな薄いブルーの封筒の、封をゆっくりと切る。
便箋を開いて、ブルーブラックの万年筆で書かれた文字を読み始める。
藤香は、相変わらずキレイな字を書くんだな、って
そんなことを思いながら。
池上 裕也 様
お兄ちゃん、お元気ですか?
随分とご無沙汰してしまって、ごめんなさい。
藤香です。