10 『君を好きになる瞬間』

あの取引先に、打合せに行くときには。

ぼくは、必ずその店に寄ることにしているんだ。


えっ、どうしてかって?

それは、そこに君がいるからさ。


ファーストフードの店で。

君は、働いていた。

真剣な表情で、一生懸命に。


ただ、タイミングが合うだけなのかもしれないけれど。

ぼくがその店を訪れると、必ず君がいてくれたんだ。


ぼくは、君に一目惚れしたわけじゃないけれど。

なぜだか、あまり愛想笑いをしない君のことが。

ずっと気になっていたんだよね。


打合せが終わって、ぼくは。

地下鉄の改札へ向かって、のんびりと地下道を歩いていた。


予定もないし、家に帰ってのんびりDVDでも見るか……。


楽しくないわけじゃないけど。

すごくワクワクするわけでもない、そんな毎日を。

ぼくは、過ごしていた。


地下鉄の改札に着くと。

ぼくの目の前にいた女の子が、自動改札に引っかかっていた。


ありゃりゃ、可哀想に……。


そのとき。

くるっと、きびすを返した女の子と。

ぼくの視線が、まともにバチッとぶつかった。


ぼくは、つい「あっ!」と声を出してしまっていた。

だって。

その子が、あの店の君だったんだから。


君は、ぼくを見てドギマギしながら。

「あっ、いつもありがとうございます!」と言った。


君のそんな言葉が、なんだか可笑しくって。

ぼくも君も、自然と笑い出してしまったよね。


今まで見たこともない、君の笑顔を見ることが出来て。

ぼくは、楽しくなったんだ。


ぼくは、君の瞳を見つめながら。

「せっかくだから、お茶でも飲みませんか?もちろん、あの店以外で……」と、君を誘う。


君が笑いながら頷いてくれた、その瞬間に。

ぼくのつまらない日常が、急にワクワクし始めて。

ぼくの中で、何かが変わったんだと思うんだよね。


うん、きっと……。


『君を好きになる瞬間』