『恋愛小節1990~Girl's Side』
第3章 陽子の場合
その4
あたしたちは、手をつないだまま、いつの間にか眠っていた。
目覚まし時計が、鳴る。
6時15分、か。
「おはよう!」
起きてきたあなたは、そう言ってあたしに優しくキスをした。
7時。
あなたは、仕事に出て行く。
「今日は何時に帰ってくる?」と、あたしはいたずらっぽく笑った。
あなたは、笑いしながら、こう言った。
「うん。連絡するね!」って。
その日の夜。
あなたから、電話がかかってきた。
「陽子?これから行ってもいいかな?食事どうする?」と、あなたは言った。
「えへへ。カレー作ったんだ。食べるでしょ?」
あたしは今日、午後からカレーを作ってた。
「うん。絶対に来てくれるって分かってたよ。信じてたもん♪」
そう言いながら、あたしはやっぱりカレーを作っててよかった!って思った。
あたしは、ドキドキしながらあなたを待つ。
あたしは今、あなただけを見ていたい。
あたしは、そんな風に考えることにした。
あなたとの日々は、穏やかに進んでいく。
あの日から、二週間が経った。
あなたは、いつもあたしの部屋に来てくれるようになっていた。
でも。
あなたはなぜか、あたしを抱いてくれなかった。
キスをしたり。
抱き合って、一緒に眠ったり。
でも。
あなたは、あたしを抱いてくれなかった。
どうしてだろう?
男の人って。
普通は、抱きたくなるんじゃないのかなぁ……。
あたしは、それが少し不安だった。
でも。
自分から、そんなことは恥ずかしくて言えなかった。
あたしは、ユカにあなたのことを相談した。
「うーん、たぶん大切にしたいんじゃないの?陽子のこと」って、ユカは言ってくれるけど……。
あたしは、幸せだった。
だけど。
あなたと、もっと深くつながりたかったの。
いつの間にか、池袋の街は、クリスマス一色。
クリスマスソングが、街に溢れていた。
あたしは、クリスマスをあなたと一緒に過ごしたかった。
でも。
あなたは、あたしと一緒にクリスマスを過ごしてくれるの?
あたしは、不安だった。
あなたに電話したときに、勇気を出して、こう聞いた。
「ねぇ、クリスマスイブなんだけど……」
「クリスマスイブ?もちろん、お前と一緒にいるに決まってんじゃん」と、あなたは笑った。
そして。
「陽子の部屋で、二人で過ごそうよ。俺、陽子とふたりっきりで過ごしたいんだ、クリスマス……」
あたしは、あなたのその言葉に、ホッとしていた。
焦らなくたって、全然いいじゃない。
あたしは、あなたを信じる。
そう決めたんだから……。
クリスマスイブの夕方。
あなたから、電話が入った。
「予定通り。もう仕事終わったから、ケーキ買って行くね。待ってて!」
あなたの声は、とても楽しそう。
だから。
あたしも、楽しくなった。
ドアを開く。
そこには、あなたが微笑んで立っていた。
あたしもつられて、微笑む。
あなたは、ケーキとバラの花を一輪、あたしに渡してくれた。
うれしい!
すごく、うれしい!
赤いバラの花から、あなたの気持ちが伝わってきた。
だから、すごくうれしかったの。
あなたは、あたしを抱きしめる。
そして。
あたしたちは、見つめ合う。
優しくキスを交わす。
そして。
あなたは、こう言った。
「プレゼント、一緒に買いに行こう。これから……」
あたしは、もう一度あなたの目をじっと見つめる。
「自分で選びたいだろ?指輪……」
あたしは、ゆっくりとうなずく。
うれしい。
あたしは、涙が出そうになるのを必死でこらえていた。
だって。
あなたに。
幸せなのに、涙を見せるのはイヤだと思ったから。
あたしたちは、急いで丸井へと向かった。
しっかりと手をつないで、一緒に駆け出した。
池袋の街明かりが、今夜は暖かく感じられた。
気がつくと、日付は変わっていた。
1990年12月25日。
今年のクリスマスは、きっとずっと忘れられないクリスマスになると思う。
あなたの指があたしに触れたとき、あたしは幸せだと思った。
あたしはあなたに抱かれながら、いま本当に幸せなんだって。
あなたとおそろいの、ホワイトゴールドのリング。
あなたの指のリングを見ながら、あたしはやっと一歩踏み出したって思えたの。
アイツのことは、一生忘れられないとしても。
あたしは、あなたをずっと大切にしたい。
死んでしまったアイツのことは、ずっと忘れられないとしても。
あたしは、あなたと生きていくんだ。
いつまでも、ずっと。
『恋愛小節1990~Girl's Side』
第3章 陽子の場合
了
『恋愛小節1990~Girl's Side』
完
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