『恋愛小節1990~Girl's Side』


第3章  陽子の場合


その3



バイトも、もうすぐ終わり。


そんなとき、あたしはあなたの姿を見つけた。


えっ?


どうして?



「ひろさん!どうしたの?」と、あたしはあなたに声をかけた。


「逢いたくて、来た」と、あなたは恥ずかしそうに笑った。



あたし、そのとき思ったの。



ありがとう。


これであたし、ちゃんと一歩踏み出せる、って。



バイトが終わるまでの時間が、とても長く感じられた。


あなたは、どこで時間をつぶしてるんだろう。


申し訳ないな、って。


そんなことばかり、考えていた。



バイトが終わると、あたしはすぐにあなたに逢いに走った。



そして。


あなたとあたしは、池袋西口のお店に入った。


「ここって地鶏がおいしいんだよ」って、あなたが言った。


あたしたちは、二人用の個室に入る。



うん。


ホントにおいしい!


そして。


あなたと話すのも、もちろんとても楽しい。



あたしたちは、ずいぶん長い時間、話をしていた。


でも。


あたしは、まだまだあなたと話がしたかった。



そのとき。


あなたが、あたしの手をゆっくりと握ってこう言った。


「今夜、ずっと一緒にいないか?」って。



あたし、ちょっとびっくりした。


ほっぺたが、熱い。


昨日出逢ったばかりなのに……。



でも、そんなの関係ない。


あたしだって、あなたとずっと一緒にいたい。


自分からそう言うのが、すごく恥ずかしかっただけ。



あなたは、あたしをゆっくりと抱きしめる。


そして、優しくこう言った。


「大丈夫。キミを大切にするから。俺だってキミが嫌がることなんてしないさ」



そうだよね。


あたしは、ゆっくりとあなたの目を見つめる。


あたし、あなたと一歩踏み出したい。



あたしは、ゆっくりとうなずいた。



あたしは今、あなたの腕のなかにいる。


それだけで、どうしてこんなに幸せなんだろう?



長い間、忘れていたかもしれない、こんな気持ち。



そして。


もしかしたら。


アイツのときよりも、幸せなのかもしれない。


そのとき。


あたしは、そう感じていたの。



店を出たあたしたちは、あたしの部屋に向けて、夜の池袋の街を歩いた。


あたしは、あなたの手をとって、ゆっくりと確かめるように手をつないだ。



歩くのがゆっくりなあたしに、あなたが歩調を合わせてくれるのが分かる。


あなたって、優しいな。


そのことが、とてもうれしい。



並んで歩く、あなたの顔を見る。


あなたは、優しく微笑んでくれる。


その笑顔に、あたしの胸は高鳴ったの……。



横断歩道を渡ろうとしたとき、信号が赤に変わった。


歩いていたあたしたちは、一緒に歩を止める。



あなたが、あたしの方を向いた。


えっ?


あなたは、じっとあたしの目を見つめていた。



あっ。


あなたが、突然あたしをギュっと抱きしめた。



12月の冷たい風が吹いていた。


でも。


今は、それさえも気持ちがいい。


あなたは、あたしの目を優しく見つめた。


そして。


あたしも、あなたの目を見つめ返す。



あたしたちの唇が初めて触れ合ったちょうどそのとき、信号が青色に変わった。



男の人を部屋に呼ぶときって、いつも緊張する。


と、いっても。


何回もあるわけじゃないけどね。



「ちょっと待っててね」


あたしは、あなたをドアのところに待たせて、急いで部屋を片付けた。



「はい。お待たせ!」と、あなたを部屋に入れる。


「へぇ、かわいい部屋だね。いいじゃん」と、あなたは言った。



よかった。


あたしは、自然と笑顔になった。



「紅茶でも入れるね!」


あたしは、温かいオレンジのフレーバーティーを入れた。


そして。


ふたりで一緒に、温かい紅茶を飲んだの。



あなたは、優しい。


そして、大人だった。



あたしたちは、朝まで話をして過ごした。


手をつないで、肩を抱かれて。


そして、ひとつの毛布にくるまって。


見つめあって、キスをした。


いま、あたしは、とても幸せだった。