『恋愛小節1990~Girl's Side』


第1章  沙樹子の場合


その4


シャワーを浴びたあたしは、ベッドに横になった。


ゆっくりと目を閉じる。



あなたはシャワールームを出て、あたしのそばにゆっくりと腰を下ろした。


しばらくすると、あなたが急に立ち上がった。


えっ?


どこに行くの?



あたしは、思わずあなたの手首をつかんでいた。


「……そばにいて欲しいよ……」


あたしは、ついそう口にしていた。



あなたは、あたしにゆっくりとキスをした。


あたしは、ゆっくりと目を開けて、ひとつ大きく息をついた。


そして、あなたの目を見ながら、勇気を出してこう言ったの。



「あたし、初めてだよ…」


あなたは、優しくあたしを見つめていた。


そして、こう言ったの。


「…そんな気がしてたよ」って。



あたしは、とても幸せだった。


でも。


あたしは、不安だった。



あなたも、そうなの?


あたしを、抱きたいだけなの?



そんな不安を、あたしは感じていた。



それでも。


あなたに逢えない夜は、あなたのことを考えて過ごした。


逢えない時間が長くなっても、あたしは平気だった。


だって、そのとき。


あたしは、あなたのことを信じようって思うことができたから……。



あの夜。


あたしは、あなたに逢いたくて、あなたの部屋に行った。



あなたは、あたしに言ってくれたよね。


「俺は、サッコのことが本当に大切なんだ。いつも考えてるんだよ。サッコがいま何してるんだろうって」


あたしは、その言葉を聞いたとき、涙が出た。


そして。


「俺のことをどう思ってるんだろう、とか、情けないけどいつも不安なんだ」って。



あぁ、そうなんだ。


あなたも、あたしと同じだったんだ。



「あたしもそうだよ。いつも不安だよ。ひろが何考えてるのか、全然分からないし……」



あたしは、あなたの目をじっと見つめた。


そして、思ったの。


お互いをちゃんと理解して、ちゃんと信じることが、きっと大切なことなんだ、って。



あたしは、あなたを信じたい。


そのとき、やっと本当にそう思うことができたの。



あなたに抱かれながら、思った。


いま、あたしは幸せなんだって。



次の朝、あなたはあたしに部屋の合鍵をくれた。


うん。


すごくうれしかった。



だって。


合鍵をもらうのって、ずっと憧れていたから、ね。



あたしは、たぶん本当に幸せだったんだと思う。


そして、この幸せがずっと続くと信じていた。



忙しくて逢えないときでも、あなたは優しかったよね。


毎日、必ず電話をくれた。



あたしたちは、時間を作ってなるべく一緒にいるようにした。


そんな穏やかで、幸せな時間が過ぎていったよね。



でも。



あるときから、あなたが、あたしじゃない誰かを見てることに気づいてしまったの。


だけど。


あたしは、それに気づかないふりをしていた。



あなたは、いつも優しかったよね。


でも。


その優しさが、あたしにはつらかった。



あなたに浜名湖の旅行に誘われたとき、あたしは決心していたの。


あなたの気持ちを、ちゃんと確かめたい、って。



夕陽にきらめく、浜名湖の湖面を二人で見ていた。


そのとき、あたしは勇気を出して、こう言った。


「ねぇ、ひろ…。話があるんだけど…。大事な話」



あなたは、ちょっと驚いたように、あたしの顔を見つめていた。



「最近、ちょっと感じるの…。誰か他に好きなひとでもできたのかな?って」


あなたの顔が、急にこわばった。



あっ。


やっぱり、そうなんだ。



あたしには、そのとき、はっきりとわかったの。



だから。


あたしは、あなたから離れることに決めた。


それは、あなたのことが大好きだったから。



あなたに逢えたことを、後悔なんてしない。


あたしは、幸せだったから。



でも……。



あたしは……。


あなたの、声が好きだった。



高くもなく、低くもない。


落ち着いていて、ゆっくりとやさしくしゃべるあなたの声が好き。



そんな声で、話しかけられたとき。


あたしの胸は、トクンって高鳴ったの……。



あの時、確かに……。



『恋愛小節1990~Girl's Side』


第1章  沙樹子の場合