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「俺、もう行くね。ありがとう、美佐……」


俺は、そう言いながら。


ホテルの部屋のドアへ向かおうと、立ち上がる。



そのとき。


突然、背中に美佐が抱きついて来た。



「少しだけ……ほんの少しの間だけでいいから。このままで、いて……」


俺は、無意識に美佐の手を取って。


振り向きざまに、美佐を抱き締める。



涙を浮かべながら、美佐は。


また、にっこりと笑おうとしていた。



「最後に見られる顔が、泣き顔なんてイヤだから……」と、美佐は言った。



美佐……。


俺は、こぼれ落ちた美佐の涙を。


右手の親指で、優しく拭う。



美佐は、俺の目をじっと見つめながら。


「ありがとう、ひろ」と、呟いて。


最後に、優しく俺の唇にキスをした。



新宿駅から山手線に乗った、俺は。


完全に、抜け殻だった。



気づくと俺は、いつの間にか激しく涙を流していた。


溢れ出す涙を、手で拭いながら。


俺は、後悔していた。



一度は、ちゃんと諦められたはずの美佐への気持ちは。


当たり前だが、そんなに簡単には消えていなかった。



俺は、やはり美佐に逢うべきではなかったのだ。


しかし、もう。


動き始めた時間は、元には戻らない。



俺は、溢れ出す涙をさえぎるように。


ゆっくりと目を閉じた。