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早綾は、少し困ったような顔をして。
俺の目を、じっと見つめていた。
そして、少しの間を置いて。
早綾は、ゆっくりと頷いた。
「じゃあ、また明日……」
俺は、早綾の細い体をギュッと抱きしめて。
優しく、早綾のおでこにキスをする。
そして俺は、そのまま早綾の元を離れた。
今夜、早急に事を進める必要もないだろう。
俺は、何度も振り返りながら。
見送る早綾に、手を振った。
俺には、もう。
早綾しか、いない。
そのときの俺は、そんな風に思い込んでいた。
部屋に戻ると。
留守電のランプが点滅していた。
恭子、かな?
俺は、再生ボタンを押す。
……新しい伝言は、一件です。
「もしもし、ひろ……」
美佐!?
「久しぶり。元気だった?あのね……」
久しぶりに聞く美佐の声に。
俺は、動揺していた。
「急なんだけど、8月最後の週に、お友達と東京に行くことにしたの。ちょっとでも、逢えると良いんだけど……」
俺は、かすかに震える手で。
メリットライトを一本取り出して。
100円ライターで火を点けた。
そういうタイミングなのかも知れない、な……。
俺は、上がって行く青紫色の煙を見上げながら。
そんなことを考えていた。