2 『金曜日の夜に』
そろそろ、桜が咲き始める季節だな……。
僕は、うす曇りの空を見上げながら、オフィスへと急ぐ。
君が遠くへ行ってから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
君と逢えるのは、決まって金曜日の夜だった。
新宿で仕事をしている君は、けっこう忙しい。
だから、いつも僕が新宿まで出かけた。
君の仕事が終わるのを、東口のウェンディーズで待つ。
なかなか来ない君を待つときでさえ、僕は幸せだった。
君がいなくなったとき、僕は仕方ないことだと思った。
僕は、ずっと不安だったんだ。
きっといつか、こんな日が来るのは分かっていたし、ね。
だから。
本当は、僕は少しホッとしたのかもしれない。
君と過ごした金曜日の夜を、僕は良く思い出すんだよ。
高層ビルの上から見る東京の街の景色は、とてもキレイだった。
でもそれは、僕にとっては現実的ではない景色のように思えたんだ。
なんとなく。
僕には似合わない景色だと、思っていたしね。
次の金曜日の夜。
僕は、久しぶりに新宿に行ってみた。
東口のウェンディーズで、コーラとチリフライ&チーズを食べる。
君の姿を見つけやすいようにと、いつも座っていた窓際の席。
僕は、一年ぶりに、そこに座っていたんだ。
「やっと逢えた……」
そのとき、そんな君の声が聞こえたような気がした。
まさか、ね。
君は、長期のイギリス留学に出かけた。
当分の間は、日本に帰らないと言っていたはずだ。
今ごろ、こんなところにいるはずがないじゃないか……。
「ただいま!」
振り返ると、そこには君の姿があった。
「どうして……?」
僕は、君にそう聞いた。
「だって、今日は金曜日じゃない……」
そう言って、君は微笑んだ。
何があったのかは、君が話したくなったら聞いてやることにしよう。
君が留学に行ってからは、もう君とこうやって過ごす時間は無いのだと覚悟していた。
僕は、少し困ったような、でも少しうれしいような、そんな気分だった。
またしばらくの間は、父と娘ふたりだけの時間が作れそうだ。
離婚した妻と一緒に君が家を出て行ってから、僕たちは、たまに逢うことを許された。
そしてそれは、いつも金曜日だった。
君と過ごすその時間は、僕にはとても幸せな時間だったんだ。
久しぶりに逢った君の笑顔を見ながら、僕はもう少し、こんな時間が続けば良いのにと、そう思った。
『金曜日の夜に』
了