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くみは、別れ際に俺にこう言った。


「……もし、ひろさんが本当に本気なら、覚悟して麻里恵さんを奪ってくださいね」


俺は、ゆっくりとうなずく。


「中途半端なら、あたし絶対にひろさんのことを許しませんから」と、くみは微笑んだ。


その笑顔が。


少し寂しそうに見えたのは、きっと気のせいに違いない。



俺は。


すでに、覚悟を決めていたのだ。


麻里恵と一緒に、生活を始めたい。


今までのように、中途半端な形ではなく。



俺は。


麻里恵と、本当に一緒に暮らしたいと思っていた。


ふたりで、ただひとつの住所を持って。


初めてそうしたいと思えたことが、俺は嬉しかったのだ。



でも。


その前に。


俺は、麻里恵を落とす必要がある。



1994年、12月23日。


午後10時13分。


俺は、麻里恵の部屋の前に立つ。


ひとつ深呼吸をして、呼鈴を押した。



麻里恵の抱えているものは、果たして何か?


それが、何だったとしても。


俺は、麻里恵を失いたくはない。



「ひろさん……。何で……どうして来たの……?」


扉を開けた麻里恵の、動揺した顔を見ながら、俺は考えていた。


麻里恵にとっての俺は、いま一体どんな存在なのだろう?


俺は、麻里恵の目を熱く見つめながら。


顔を出したそんな弱気な気持ちを、封印しようと努力していた。