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たかが、風邪をひいただけの麻里恵が。
俺は、とても心配だったのだ。
「……あんまり長居すると、ゆっくり休めないだろ?顔見たかっただけだから、もう帰るよ……」
俺は、そう言いながら麻里恵の髪を優しくなでた。
うんっと頷きながら、麻里恵は俺の手に触れて、こう言った。
「でも、もう少しだけ……ううん!風邪が感染るとイヤだし。ゴメンなさい……」
麻里恵は、そう言いながら俺の目を、いつものようにまっすぐに見つめていた。
麻里恵……。
俺は、思わず麻里恵を抱きしめていた。
「ダメだよ!感染っちゅうよ、風邪……」
そうささやく麻里恵の唇を、俺は自分の唇で優しく塞いだ。
麻里恵の力が、抜けていく。
俺は。
麻里恵の顔を、覗き込む。
「……いいんだ。感染ったって……」
俺の言葉をキッカケにしたように、今度は麻里恵が優しく俺の唇を奪う。
「知らないぞっ、ホントに感染っても……」
そう言って笑う麻里恵の顔を見ながら、俺は思った。
この女を幸せにしたい、と。
俺は。
正直に言えば、自信がなかった。
正直に言えば、勇気がなかった。
でも。
麻里恵とふたりならば、大丈夫かもしれない。
そのとき俺は、そう思えたのだ。
俺は麻里恵をギュッと抱きしめながら、ゆっくりと目を閉じた。