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その夜、俺は弥生を抱いた。



そのとき、俺は。


正直に言うと、弥生に栞の姿を重ねていたのかもしれない。


そう。


あの頃の、栞を……。



それでも俺は、確かに弥生を愛していたのだ。


そんなことなんて、本当はとっくに分かっていたのに。



俺は。


弥生の年齢を言い訳にして、そんな気持ちをごまかしていた。



しかし。


それでは、栞のときと全く同じではないのか?



俺は、そんな簡単なことに、いまさらながら気づいてしまったのだ。



「お兄ちゃん……、お兄ちゃん!」


弥生のそんな甘い声を聞きながら、俺は感じていたのだ。



そう。


大きな、喪失感を。



弥生は、ロンドンに行ってしまう。


でも。


俺は、弥生を引き留めることなんて、絶対に出来ないのだ。



俺は、弥生を激しく愛する。



さようなら、弥生……。



俺は、弥生に悟られないように、流れ出た涙を拭いた。



次の朝、7時。


俺と弥生は、一緒に部屋を出た。



江古田駅までの道を、俺たちは手をつないで歩く。


弥生も俺も、黙ったまま歩いた。



池袋駅のJR改札口で、弥生は立ち止まる。


「ありがとう。元気でね、お兄ちゃん!」


弥生は微笑みながら、改札の人ごみの中に消えた。



俺は。


また、大切な女を失ってしまった。



そんな気持ちが、俺の心を冷たく包んでいた。