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栞の匂い……。


あの頃の栞は、シトラスの香りがした。


スーパーマイルドという、シャンプーの香りだ。



今の栞からは、フレグランスの香りがする。


それは。


俺が知らない、香りだった。



栞は、あの頃の栞とは違うのだ。


そして。


俺も。



俺も、あの頃の俺ではないのだ。



そんな当たり前のことを考えながら、俺は迷っていた。


このまま栞を抱いてしまっても、良いのだろうか?



1990年は、本当に色々なことが起こった。


栞と出逢って別れたのも、その年のことだ。


その年。


俺は今と同じように、ある女を抱いた。


それが、沙樹だった。


沙樹は、高校のとき俺をこっぴどく振った女だ。


その沙樹が、7年ぶりに俺の前に現れた。


そして。


俺は、沙樹を初めて抱いてしまった。



ずっと夢見ていた沙樹を抱いたあと、俺は激しく後悔した。


叶わないほうが良い夢もある。


俺は、そのときそう学んだはずだった。


そして、今。


俺は、あの時と同じように、栞を抱こうとしている。



「……栞。シャワー浴びてこいよ」


俺は、そう栞にささやいた。


栞は、うんっ、とうなずいて、バスルームに消えた。


俺は、冷蔵庫から冷えたエヴィアンを取り出し、一気に喉に流し込んだ。