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俺は、ROLEXを見る。
針は、午前0時を回ろうとしていた。
しかし。
なぜこんな時間に、栞がこんな場所にひとりでいるのだろう?
もしかしたら、彼氏と待ち合わせだろうか?
そうだとしたら、俺は消えたほうが良いだろう。
俺は、栞の彼氏になんか会いたくはないのだ。
俺は、栞にささやくように告げる。
「俺……そろそろ行くよ。元気でな、栞……」
俺は、そのとき思っていたのだ。
栞の連絡先も聞かず、何もなく別れる。
そうすれば。
俺はもう、栞のことを忘れることができるだろう。
幸いにも、幸せそうに見える栞に逢えた。
だから。
俺は、やっと栞を忘れることができる。
そう……。
たぶん。
きっと……。
立ち上がろうとした俺の革ジャケットの裾を、栞がつかむ。
えっ?
これって、前にも同じようなことがあったな……。
俺は弥生のことを思い出しながら、苦笑いする。
俺は、栞を見る。
栞の表情が、見る見るうちに曇っていく。
「……お兄ちゃん、あたし……」
そう言いながら栞は、俺の目をじっと見つめた。
栞……。
俺は、栞の目を見つめ返す。
「お兄ちゃん……どこか遠くへ連れて行って……」と、栞は言った。