クリスマスに始まった陽子とは、3回目のクリスマスで終わった。


なんとも、皮肉な話だ。



陽子からは、何度もケータイに電話がかかってきたが、俺は話もせずに切った。


話すことなんて、何もない。


俺は、IDOのNを握りしめる。



去年、じいちゃんが死んだ。


じいちゃんがヤバいという話になったとき、俺は携帯電話を持つことにした。


携帯を持っていれば、ロケで地方にいてもすぐに連絡が取れるからだ。


折りたたみの携帯は、あまり好きではないが、まぁ無難な選択だろう。



1993年は、夏に北海道南西沖地震があった。


俺は、地震発生のニュースを聞いて、すぐに会社に駆けつけた。


そして、そのまま北海道に入った。



函館空港から、江差に向かう。


ディレクターとカメラアシスタント、そしてENGカメラマンの俺。


この3人で動く。


被害は、奥尻島に集中しているらしい。


とにかく、奥尻島に入ること。


それが、まず俺たちがしなければならないミッションだった。



江差港は、混乱していた。


報道陣や自衛隊員で、港はごった返していた。


奥尻島に渡るフェリーは、当然動いていない。


奥尻島の港にも、大きな被害が出ているのだろう。



俺たちは、海上保安庁の船に乗せてもらうことになった。


小さなはしけに自衛隊員と一緒に乗り込んで、沖に停泊している巡視艇に向かう。


はしけに乗り込んだ俺の姿が、その日のニュースに流れたらしい。