107
俺は、リカの目をじっと見ながら、こう言った。
「本当に申し訳なかった。リカは、あんなに俺に優しくしてくれたのに…」
俺は、あの頃リカの目を、まっすぐに見ることなんて出来なかったのだ。
しかし、今やっとリカと、ちゃんと向かい合うことが出来た。
「なんで謝るの?ひろくんは悪くないよ。わたしが、好きでしつこくしていただけだから…」
そう言ってリカは、恥ずかしそうに笑った。
俺は、そんなリカの笑顔に救われていた。
別々の高校に進んだ俺たちは、中学卒業以来逢うことがなかった。
いや。
正直に言えば、逢わないように、俺が避けていたのだ。
リカの顔を、じっと見つめる。
4年の月日は、リカを更に美しくしていた。
俺は、そんなリカを愛おしく感じていた。
しかし、それは…。
俺は、気付く。
それは、あの頃と同じ感情なのだ。
俺は、リカが好きだった。
好きだったからこそ、俺は優しくしてくれたリカを避けたのだ。
「リカって、いま何してるの?」と、俺は尋ねる。
「うん、広大に行ってるよ。付属高校に行ってたしね」と、リカは言った。
リカは、医学部にストレートで進んだらしい。
完璧だ…。
俺は、柔らかに微笑むリカを、まぶしく感じていた。
108
俺とリカは、その日、笑い合いながら別れた。
「また、明日…」
長い間のわだかまりが、春の雪のように溶けていった。
手を振るリカの姿を見ながら、俺はそのとき本当に嬉しく感じていたのだ。
その夜、俺は夢を見た…。
東京の俺の部屋に、リカが訪ねて来た。
どうした?と俺は、リカに尋ねる。
リカはただ、悲しそうに微笑んでいる。
部屋の中で、俺とリカは手をつないで、ベッドに並んで座っている。
「…ありがとう…」と、リカが口を開いた瞬間、俺は目を覚ました。
次の日。
リカは、自動車学校に現れなかった。
そして、次の日も…。
一体、どうしたんだろう?
俺は、不安だった。
その日の夜、突然美佐の妹から電話がかかってきた。
美樹ちゃんが、なぜ俺に?
「先輩、ご無沙汰しています。いつも姉がお世話になっています」と、美樹ちゃんは言った。
美樹ちゃんは、テニス部で俺のひとつ下の後輩だった。
泣いている、気がする…。
「あの…リカ先輩のこと知ってますか…?」
俺は、嫌な予感がしていた。
いや、そんなバカなことは…。
美樹ちゃんの次の言葉に、俺は愕然とした。
俺は、受話器を握りしめたまま、ただ茫然と立ちつくしていた。