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「なぁ、エミ……。俺……ヨージってヤツをぶん殴りに行ってもいいか?」
エミは、相変わらず泣きながら、俺の目をじっと見つめていた。
エミが、ゆっくりと左右に首を振る。
「ううん、いいの。それに、ヒロには関係ない……関係ないじゃない……」
俺は、エミを更にきつく抱きしめながら、耳元でささやく。
「俺が許せないんだよ……。俺は、エミを守りたかったのに……」
俺の胸に、熱い感情が湧き上がっていた。
俺は、エミの髪をもう一度優しくなでながら、エミの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「エミ…。俺は、おまえのことがずっと好きだったんだ。これからは、俺が守るから!」
俺の言葉にエミは、驚いていた。
「ウソ……同情?そんなのいらないよ…」と、エミは悲しそうに言った。
俺は、エミを乱暴に抱き寄せて、口づける。
エミの体から、ゆっくりと力が抜けていく。
「感じてくれ、エミ…。俺が信じられるよな?」
そしてエミは、ついにゆっくりとうなずいたのだ。
俺たちはその夜、ただ抱き合って眠った。
いずれにしても、俺とエミは、ついに始まってしまった。
そしてこの事実は、美佐には絶対に知られてはならない。
しかしそれは、何も難しいことではない。
なぜなら、俺の東京での生活に、最初から美佐という存在は、いなかったのだから…。
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それから、俺の生活は、エミとの生活になっていった。
単純に、風呂のある生活を手に入れただけでも、俺にとっては革命的なことだった。
そして。
抱きたいときに、すぐ抱ける女がそばにいる……。
それは正に、夢のような生活だった。
とはいえ、四六時中一緒にいることは、お互いを縛ることになる。
だから俺たちは、お互い納得の上でひとりの時間を作るようにした。
とは言っても、結局夜は一緒に寝たくなる。
それは、俺もエミも同じだ。
だから結局、夜はいつもエミの部屋に一緒にいることになった。
そんな感じで、時間が過ぎていく。
俺は、エミとの穏やかな生活に納得していた。
もちろん、美佐に対しての罪悪感はある。
しかし……。
そして、いつの間にか季節は、夏になっていた。
俺はこの夏に、広島で運転免許を取るつもりだ。
そして、広島に帰る途中に、俺は美佐に逢うのだ。
俺は、葛藤していた。
エミに対しても、美佐に対しても、俺はひどいことをしている。
そのことは、良く分かっていた。
俺は幸せな日常に満足して、あえてその事実に目をつむっていた。
しかし……。
俺は、エミを手に入れてからは、美佐から手紙が来ないことさえも、気にならなくなっていたのだ。