95


「なぁ、エミ……。俺……ヨージってヤツをぶん殴りに行ってもいいか?」


エミは、相変わらず泣きながら、俺の目をじっと見つめていた。


エミが、ゆっくりと左右に首を振る。



「ううん、いいの。それに、ヒロには関係ない……関係ないじゃない……」


俺は、エミを更にきつく抱きしめながら、耳元でささやく。


「俺が許せないんだよ……。俺は、エミを守りたかったのに……」


俺の胸に、熱い感情が湧き上がっていた。


俺は、エミの髪をもう一度優しくなでながら、エミの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「エミ…。俺は、おまえのことがずっと好きだったんだ。これからは、俺が守るから!」


俺の言葉にエミは、驚いていた。


「ウソ……同情?そんなのいらないよ…」と、エミは悲しそうに言った。



俺は、エミを乱暴に抱き寄せて、口づける。


エミの体から、ゆっくりと力が抜けていく。


「感じてくれ、エミ…。俺が信じられるよな?」


そしてエミは、ついにゆっくりとうなずいたのだ。



俺たちはその夜、ただ抱き合って眠った。


いずれにしても、俺とエミは、ついに始まってしまった。


そしてこの事実は、美佐には絶対に知られてはならない。



しかしそれは、何も難しいことではない。


なぜなら、俺の東京での生活に、最初から美佐という存在は、いなかったのだから…。


96


それから、俺の生活は、エミとの生活になっていった。


単純に、風呂のある生活を手に入れただけでも、俺にとっては革命的なことだった。


そして。


抱きたいときに、すぐ抱ける女がそばにいる……。


それは正に、夢のような生活だった。



とはいえ、四六時中一緒にいることは、お互いを縛ることになる。


だから俺たちは、お互い納得の上でひとりの時間を作るようにした。



とは言っても、結局夜は一緒に寝たくなる。


それは、俺もエミも同じだ。


だから結局、夜はいつもエミの部屋に一緒にいることになった。



そんな感じで、時間が過ぎていく。


俺は、エミとの穏やかな生活に納得していた。


もちろん、美佐に対しての罪悪感はある。


しかし……。



そして、いつの間にか季節は、夏になっていた。


俺はこの夏に、広島で運転免許を取るつもりだ。


そして、広島に帰る途中に、俺は美佐に逢うのだ。



俺は、葛藤していた。


エミに対しても、美佐に対しても、俺はひどいことをしている。


そのことは、良く分かっていた。



俺は幸せな日常に満足して、あえてその事実に目をつむっていた。


しかし……。


俺は、エミを手に入れてからは、美佐から手紙が来ないことさえも、気にならなくなっていたのだ。