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美佐のことを考えると、つらくなる。


だから俺は、普段は美佐のことを忘れるようにしていた。


軽音楽部の連中と一緒にいれば、美佐のことは、そんなには気にならなかった。



しかし、ひとりぼっちの夜は、やはりつらい。


どうしても美佐のことを考えてしまう。


そして、情けないが俺は涙をこぼすのだ。



やっと来た美佐からの手紙を、俺は何度も何度も読み返す。



早くひろに逢いたいな…。



俺は、美佐のその言葉だけを心の支えにしていた。


そんな感じで、なんとなく日々は過ぎて行く。



6月に入った頃、俺の心に変化が起こった。


それは、ある事件がきっかけだった。



ある夜、突然俺の部屋にエミが現れた。


すでに、時計の針は午前0時を回っていた。



「こんばんは、ヒロ…」


エミは、少し酔っているようだ。


俺の部屋に上がりこんだエミは、そのまま狭いベッドに横になる。


「おいおい、どうした?おまえらしくもない…」


俺の言葉をさえぎるように、エミが口を開く。


「あたし、ヨージにやられちゃった…」


えっ?


その言葉に、俺の胸は苦しくなる。



その言葉は、予想以上に俺の胸を締め付けたのだ。


エミは、泣いていた。


俺は、その涙を見た瞬間、自分の中で何かが壊れていくのを感じていた。


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俺は、エミに何と言葉をかけたら良いのか分からなかった。


ヨージという男を、俺はよく知らない。


確か、エミのクラスメートらしいが…。



俺は、よく知らないそのヨージに激しく嫉妬していた。


いや、嫉妬ではなく、それは激しい憎悪だ。



エミ…。


ベッドに泣きながら横たわるエミを見る。


かわいそうに…。


心が痛かった。


そして俺は今、湧き上がってくる自分の感情に驚いていた。



俺は、ずっとエミを避けていた。


それは、美佐への愛のためだ。


そう自分で納得してきた。


しかし。


そしてそのとき、俺は気付いてしまった。


ただそれ以外には、エミを受け入れない理由がないことに。


そう、俺は。


間違いなく、エミを愛していたのだ。



気が付くと俺は、エミのそばにいた。


エミの髪を、優しくなでる。


エミが、涙に潤んだ瞳を開く。


エミ…。


「ヒロ…。ごめんね、ごめんね…」


そうつぶやくエミの、か細い声を聞いたとき、俺の中の何かが確実に壊れた。



俺は、エミをしっかりと抱きしめる。


「アッ…」


俺は、今までのエミへの態度を悔いていた。


そして俺は、この瞬間に決心した。



俺は、エミも愛する。



エミを抱きしめながら、俺はなぜか心が安らいでいくのを感じていた。