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ぬるめのシャワーを浴びながら、俺は冷静になろう、冷静になろう!と心がけていた。
落ち着け、落ち着け…。
シャワールームを、出る。
美佐は、椅子に腰掛けて、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。
俺に気付いた美佐は、柔らかく微笑む。
しかし、いつもとは違って、少し硬い感じがした。
俺は、美佐のそばにゆっくりと近づく。
美佐が、ゆっくりと俺の目を見る。
見上げた美佐の視線は、真っ直ぐで熱い。
俺は、そんな美佐の視線が痛かった。
俺は、美佐を後ろから抱きしめながら、首筋に口づける。
美佐の熱い吐息を聞いたとき、俺の中で何かが変わっていった。
美佐のカラダは、思っていたよりも細かった。
しかし、ガリガリというほどではない。
俺は、初めて女を抱いた。
女のカラダって、なんて柔らかくて、なんて温かいんだろう?
俺は、素直に感動していた。
そして。
美佐が、いつもとは違う声を出し始めたとき。
俺は、そのときやっと、美佐とひとつになれたような気がしたのだ。
美佐と俺は、抱き合って眠っていた。
ほんの30分くらいだろうが、ずいぶん長い時間こうしていたような気がする。
俺と美佐は、お互いに照れ笑いしながら、どちらともなく、もう一度強く抱きしめ合っていた。
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その日俺たちは、夕方まで一緒にホテルの部屋で過ごした。
そしてホテルを出て、近くのレストランで食事をする。
俺は、正面に座る美佐の顔を見ながら、さっきまでの美佐を思い出していた。
俺の視線に気付いた美佐が、恥ずかしそうに微笑んだ。
俺は、美佐のことを愛している。
そして、ずっと愛し続ける。
たとえ、美佐から手紙が来なくても、だ。
そんなことは、大した問題ではない。
ずっと美佐を、愛し続ける。
俺は、そのとき確かにそう誓った。
次の日の、朝10時すぎ。
俺は、ひとりで新大阪から新幹線ひかり号に乗っていた。
今日は早めに東京に帰って、課題の撮影をやらなくてはならなかったのだ。
本当は、美佐と神戸にでも行きたかったのだが、まぁ仕方がない。
焦ることは、ないのだ。
美佐とは、長い付き合いになる。
今度は、神戸で逢おう…。
俺は、その日がもう、待ち遠しくなっていた。
美佐とは、夏休みまで逢えないだろう。
俺は、寂しくなる。
だが、そんなことは百も承知で始めたことだ。
「遠距離」は、うまくいかない。
よく、そう言われる。
しかし。
だからこそ俺は、意地でも、うまくいかせたかった。
目を閉じると、美佐の笑顔が、そのときは、はっきりと見えた。