89


ぬるめのシャワーを浴びながら、俺は冷静になろう、冷静になろう!と心がけていた。


落ち着け、落ち着け…。



シャワールームを、出る。


美佐は、椅子に腰掛けて、ぼんやりと窓の外の景色を見ていた。


俺に気付いた美佐は、柔らかく微笑む。


しかし、いつもとは違って、少し硬い感じがした。



俺は、美佐のそばにゆっくりと近づく。


美佐が、ゆっくりと俺の目を見る。


見上げた美佐の視線は、真っ直ぐで熱い。


俺は、そんな美佐の視線が痛かった。



俺は、美佐を後ろから抱きしめながら、首筋に口づける。


美佐の熱い吐息を聞いたとき、俺の中で何かが変わっていった。



美佐のカラダは、思っていたよりも細かった。


しかし、ガリガリというほどではない。



俺は、初めて女を抱いた。


女のカラダって、なんて柔らかくて、なんて温かいんだろう?


俺は、素直に感動していた。



そして。


美佐が、いつもとは違う声を出し始めたとき。


俺は、そのときやっと、美佐とひとつになれたような気がしたのだ。



美佐と俺は、抱き合って眠っていた。


ほんの30分くらいだろうが、ずいぶん長い時間こうしていたような気がする。



俺と美佐は、お互いに照れ笑いしながら、どちらともなく、もう一度強く抱きしめ合っていた。


90


その日俺たちは、夕方まで一緒にホテルの部屋で過ごした。


そしてホテルを出て、近くのレストランで食事をする。



俺は、正面に座る美佐の顔を見ながら、さっきまでの美佐を思い出していた。


俺の視線に気付いた美佐が、恥ずかしそうに微笑んだ。



俺は、美佐のことを愛している。


そして、ずっと愛し続ける。


たとえ、美佐から手紙が来なくても、だ。


そんなことは、大した問題ではない。


ずっと美佐を、愛し続ける。


俺は、そのとき確かにそう誓った。



次の日の、朝10時すぎ。


俺は、ひとりで新大阪から新幹線ひかり号に乗っていた。


今日は早めに東京に帰って、課題の撮影をやらなくてはならなかったのだ。


本当は、美佐と神戸にでも行きたかったのだが、まぁ仕方がない。



焦ることは、ないのだ。


美佐とは、長い付き合いになる。


今度は、神戸で逢おう…。


俺は、その日がもう、待ち遠しくなっていた。



美佐とは、夏休みまで逢えないだろう。


俺は、寂しくなる。


だが、そんなことは百も承知で始めたことだ。



「遠距離」は、うまくいかない。


よく、そう言われる。


しかし。


だからこそ俺は、意地でも、うまくいかせたかった。



目を閉じると、美佐の笑顔が、そのときは、はっきりと見えた。