85
俺は、1ヶ月ぶりに広島に帰った。
ホームシックになっていたワケではないが、やはり実家は居心地がいい。
やることもなく、誰に逢うでもなく、のんびりと過ごす。
下山も勉強が忙しいだろうし、もう有紀に逢う理由もない。
それよりも、今は美佐だ。
俺は、東京に戻る途中、大阪で一泊することにした。
以前、受験のときに泊まったホテルを予約する。
ゴールデンウィークだが、うまく部屋が取れた。
予約したのは、シングルの部屋だ。
美佐と夜を過ごしたいが、それは無理な話だ。
そこそこ良いホテルだから、昼間に美佐を連れ込んでも大丈夫だろう。
そこで、俺は美佐を抱く…。
そう決めていた。
しかし、俺にはそのときの具体的なイメージが出来なかった。
頭のなかで、何度もシミュレーションをしてみる。
しかし…。
キスから先は、未知の領域なのだ。
まぁ、なんとかなるだろう。
たぶん。
きっと。
俺は、美佐に電話する。
「…今回は、必ずホームで逢おう」と、俺は言った。
まずは、そこからだ。
そして俺は、短い帰郷を終え、大阪に向かう。
新幹線の指定席に腰掛け、目を閉じる。
そして、俺を乗せた新幹線は、ゆっくりと動き出した。
86
午後0時すぎ。
俺を乗せた新幹線は、新大阪駅に滑りこんだ。
果たして美佐は、ホームにいるだろうか?
俺は、不安を抱えながらホームに降りる。
「こんにちは、ひろ」
美佐の声だ。
売店の脇から、美佐が姿を現す。
優しく微笑む美佐の顔を見た俺は、ホッとしていた。
やっとホームで、ちゃんと逢えた…。
今日は、すべてがうまくいく。
そんな気がした。
今日の美佐も、とても可愛い。
美佐は、薄いブルーのミニスカートに、白いシャツとジャケットを合わせていた。
今日の俺は、シンプルに白いシャツにジーパンだ。
まぁ、ふたりのバランスは悪くないだろう。
俺たちは、いつものように手をつないで歩き出した。
国鉄の新大阪駅を出て、軽い食事を取る。
俺は、間違いなく緊張していた。
赤いコンバースオールスターのバッグの中味が、気になって仕方ない。
そこには、あの土手で買ったコンドームが入っていた。
今日は、すべてうまくいく。
美佐だって、さすがに今日は覚悟しているはずだ。
ゴールデンウィークの始めと終わり。
ホントなら、始めに逢う予定を終わりに変えた。
そうしたのは、美佐だ。
タイミングを合わせている…。
俺は、美佐の覚悟を感じていた。