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「…うん。ありがとう、エミ…」
そう言いながらも俺は、そのとき美佐のことを考えていた。
考えてはいたが、俺はそのとき、エミを受け入れてみようと思ったのだ。
「…またご飯…食べに来てくれるよね」と、エミは言った。
「お風呂にも…入っていい?」と、俺はおどける。
「…うん。いいよ…」
そう言ってエミは、優しく微笑んだ。
その日は、食事をして大人しく帰った。
エミは、魅力的な女だ。
一緒にいると楽しいし、気も使わない。
エミの俺に対する気持ちは、良く分かっていた。
しかし…。
やはり、美佐に申し訳ない。
だから、エミにのめり込むのもイヤだった。
俺は、すっかり混乱していた。
美佐とのこと。
エミとのこと。
俺は、自分の気持ちが良く分からなくなっていた。
ただ、はっきりと言えることがひとつある。
それは。
俺は、欲張りな男だということだ。
そばにいてくれるエミを、失いたくはない。
しかし、美佐を失うのもイヤだ。
でも。
俺は、近いうちに美佐に逢うことに決めた。
自分の気持ちを、はっきりと確かめたい。
ゴールデンウィークに、広島に帰ろう。
そして、そのときに美佐に逢うのだ。
そして、美佐と…。
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それからの俺は、バンドの活動に没頭した。
新しく組んだバンドは、まずはストーンズや古いロックンロールのコピーから始めていた。
部の活動は、日曜日以外毎日あった。
夕方5時から9時くらいまで拘束されるし、それからはだいたい飲みだ。
エミは、結局軽音楽部には入らなかったし、他の部にも入ってはいなかった。
歌うのをやめたワケではないのだろうが…。
俺は、もちろん授業にもちゃんと出ていたし、実習で簡単な映画を作ったり、そんな忙しい日々が始まっていた。
エミとゆっくり一緒にいる時間は、あまりなかった。
と言っても、たまには風呂に入れてもらったり、日曜日には一緒に食事をしたりしていた。
しかし俺は、エミにのめり込まないように気をつけていた。
エミを抱きしめたり、キスしたり、寝たり…。
そんなことは、一切していない。
心が揺れ動くことは多かったが、それでも俺は、エミと一線を引いていたのだ。
エミは、待っているのかもしれない…。
そんな気がしていた。
しかし…。
そして、4月も終わりに近づいてきた。
俺は、ゴールデンウィークに広島に帰ることにした。
そして東京に帰る途中に、大阪に寄る。
そして、美佐と逢う。
今回で、何かが大きく変わる…。
俺は、そんな気がしていた。