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タイミングが合わなければ、ダメなんだ…。
俺は今、それを実感していた。
エミは、間違いなくいい女だ。
しかし。
俺は、美佐をあきらめてまでエミを愛することはしないだろう。
そう考えることができた俺は、少し気が楽になった。
俺は、シチューを口にする。
「…うん。美味しいよ、エミ。…ありがとう、な。誘ってくれて…」
「ううん。あたしもひとりだと寂しくって。ヒロユキと話…したかったし、ね…」
エミの視線に、俺はドキッとした。
俺たちはいま、小さなテーブルに向かい合って座っている。
エミは、優しく微笑みながら俺の目を見つめていた。
俺は、エミに申し訳ない気持ちだった。
「…ゴメン、俺…おまえに謝りたくってさ…」
「えっ?」
エミは、俺の次の言葉を待っていた。
「…あのとき、冷たかったよな俺…」
俺は、思わずそう口にしていた。
「…ホントにショックだったんだよ、あたし。そして…ヒロユキを忘れなきゃって頑張って…」
エミは、そう言いながらシチューを口にする。
「うん…美味しい。一緒に食べると美味しいよね…」
エミは、寂しそうに微笑む。
エミ…。
俺は、あのときエミをキッパリと拒絶した。
正直に言えば、俺はそのせいで心を痛めていたのだ。
そして、その反動から一気に沙樹に心を寄せたのかもしれない。
エミとふたりきりの部屋で、俺はそんなことを考えていた。
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「ねぇ、あたしたちって…タイミングが悪いのかな?」
えっ?
エミの言葉に、俺はマジで驚いた。
考えていることが、ふたりとも同じだった?
「あのときも、そう。そして、きっと今も…」と、エミはつぶやく。
俺は、何も言えなかった。
そしてそのとき、俺は気付いた。
俺は、自然に女を好きになったことなんて、なかったのかもしれない、と。
美佐に対する気持ちだって、本物なのだろうか?
俺は、不安になっていた。
いつも俺は、相手の女が俺に興味があるのか?をまず確かめる。
先の話は、相手が俺のことを好きだと分かってからだ。
そして俺は、それから初めて、その女を好きになろうと努力し始めるのだ。
考えてみれば、いつだってそうだったのかもしれない。
俺は、その事実に愕然としていた。
それならば、タイミングなんて関係ない。
そして俺は、自分の気持ちなんて簡単にコントロールできるのだ。
そう。
特に、沙樹に棄てられてからは。
「タイミングは、悪くないさ…。今、こうしてふたりでいるだろ?」
エミの目が輝く。
「でも俺、大阪に…彼女がいるんだ…」
……。
そしてエミは、優しく微笑みながら、こう言った。
「東京には…ヒロユキのそばには、あたしがいるよ…」