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俺は、エミの言葉に動揺していた。


エミの部屋で、ふたりきりか…。



「…うん、分かった。行くよ」


俺は、そのとき何も考えていなかった。


いや。


本当は、何も考えないようにしていたのかもしれない。



俺は、美佐からの手紙をずっと待っていた。


毎日、待っていた。


しかし。


東京に来てから、美佐からの手紙は一通も来ていない。


美佐が筆無精なのは、昔からよく知っている。


しかし…。



俺は、不安だったのだ。


確かに電話で話すと、俺は美佐の気持ちを確認することができた。


しかし、毎日話すのは無理だし、手紙が来ないという事実が、結局俺を不安にするのだ。



まぁ、いい。


今のこの寂しさを、紛らわせることが出来るのならば…。



俺は、エミから貰ったメモを片手に、エミの部屋を探す。


練馬区小竹町1の…。


エミのアパートは、簡単に見つかった。


新築、かな?


エミの部屋の呼び鈴を押す。


俺は、必要以上に緊張しているのを自覚していた。


「ハーイ」


エミが、ドアを開ける。



エミと俺の視線が絡む。


俺は、少し視線を外しながら言う。


「オッス。来たよ…」


エミは、楽しそうに笑っていた。


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エミは、ホワイトシチューを作っていた。


「ひとりだと…食べきれないんだよね。ついつい多めに作っちゃうし…」


エミは、少し照れたように、そうつぶやいた。


「ゴメンね、まだ片付いてなくって…」


「全然片付いてるじゃん…」


そう言いながら、俺は部屋の中を見渡す。


確かに部屋の隅には、いくつかのダンボールが積んである。


しかし、俺の部屋に比べれば、全然キレイに片付いていた。



エミの部屋は、1ルームだった。


白い壁に、暖色系のカーテン。


あったかい部屋だな、と俺は感じていた。



カーペットの上に座った俺は、サラダを作るエミの後ろ姿をボーっと見ていた。


この位置から見ると、ミニスカートから伸びる細い足が、とても刺激的だ。


エミが、こんなに家庭的だとは知らなかった。


なんだか、いいなぁ…と俺は思った。



そのとき、振り向いたエミと視線がぶつかる。


「…イヤだ、あんまり見ないでよ。恥ずかしいから!」


エミは、そう言いながら恥ずかしそうにスカートの裾を押さえる。



かわいい子だよなぁ…。


俺は、いまさらながらそんなことを思っていた。



タイミング、か。


そう、タイミングさえ合っていれば、俺はエミを愛していたに違いない。


しかし。


有紀とも、そうだったかもしれないのだ。


やっぱり、タイミング、か…。



「ハイ!出来たぁ~!」


そのとき俺は、嬉しそうに微笑むエミに、美佐の姿を重ねていた。