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広島電鉄の路面電車は、己斐(こい)を通って、宮島線に入った。
「うわぁ、懐かしい…」と、美佐がつぶやいた。
そして電車は、古江駅に到着した。
そこは、美佐が住んでいたマンションの最寄り駅だった。
「3年ぶり…。でも、あまり変わってないね…」と、美佐はホッとしたように言った。
本当は少しずつ、いろいろなところが変わっているはずなのに。
美佐は、あの頃を思い出して、そう言いたかったんだ、と俺はなんとなく感じていた。
その駅から、会場のお好み焼き屋までは、徒歩15分。
俺のシチズンアナログクォーツの針は、午後4時13分を指していた。
同窓会の集合時間は、お店に午後5時半。
それまで、少し時間がある。
「美佐、あの場所に行かないか?」と、俺は言った。
「えっ?あの場所って、あそこ?…うん、いいけど」と、美佐は言った。
俺たちは手をつないで、坂道を上がって行く。
やがて俺たちは、あの場所にやって来た。
あの場所とは、そう。
俺たちが良く一緒に過ごした、あの公園のことだ。
俺たちは、3年前のあの時のようにブランコに並んで腰を下ろしていた。
「…今日は逢えて嬉しかった。逢えないかもしれないって思っていたからね」と、俺は美佐の耳元で囁いた。
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美佐が今日の同窓会に来られるかどうかは、実はおとといまで分からなかったのだ。
「来られて良かった…」と、美佐が微笑む。
俺は、美佐の顔をじっと見る。
この場所に、また美佐と一緒に来られるなんて…。
俺はいま、そのことを不思議に感じていた。
しかしこの事実は、結局、自分が美佐に連絡を取ったから起こっていることだ。
自分が動かなければ、何も変わらない。
俺は、そんな当たり前のことを、今また実感していた。
「ひろ…良かったね、大学。おめでとう!」と、美佐は言った。
「うん、ありがとう…」
俺が東京の大学に行くことで、結果として俺たちは、東京と大阪で遠距離恋愛をすることになる。
その事実は、すでに俺たちふたりにとって、当たり前のこととなっていた。
いや、本当はそれは、当たり前のことだと考えることはできなかったかもしれない。
しかし、そう考えることが、俺たちにはどうしても必要だったのだ。
日は傾き、辺りは少しずつオレンジ色に染まり始めていた。
「あの時、ちゃんとしたキスをしたかったな…」と、俺はおどけて言った。
美佐は、少し照れたように微笑んでいる。
俺は、ゆっくりと美佐を抱きしめる。
そして俺たちは、ブランコに乗ったまま、その場所で初めて、ちゃんとしたキスをしたのだ。